本当の俺とは

 すぐ行く。

 そんな言葉を通信機で伝えられてから然程時間を置かずに、小型の飛行艇が飛んでくる。

 2人乗り程度の小さなもので、あまり上空を飛ぶ事は考慮していないものだ。

 旧世界のバイクとかいうものをモデルにしているらしいが……そんなものに乗ってやってきたミーシャは、ざわつく野次馬たちを完全無視して俺達の近くに着陸する。


「おまたせしました、タケナカさん! それで、お話にあったモンスターのことですが……」

「ああ、これだな」


 アシュラゴーレムのカードと、その前に倒したマジックスパイダーのカードを手渡すと、ミーシャは「本当にアシュラゴーレム……それにマジックスパイダー……? まさかこんな……」と呟き始める。


「想定外なのか?」

「……想定内ではあります。ただ、予想よりも早いと言わざるを得ないのは確かです」

「どういう意味だ?」


 俺がそう聞くと、ミーシャは周囲を見回して「後でお話しします」と告げてくる。

 ……まあ、それもそうか。

 こんな場所で言う話でもないだろう。

 ミーシャは俺から受け取ったカードを何かのケースに入れると、再び飛行艇に乗ってフワリと宙に浮かぶ。


「それでは、このカードはお預かりします。もう少し見回って、何事もないようであれば1度帰還してください。よろしいですか?」

「ああ、問題ない」

「それと……もし何か特殊な異常を感じたら、すぐ連絡を。私達も対処の準備を進めていますので」

「分かっている」


 特殊な異常。それの意味するところは何となく分かる。

 今回、俺に仕事が来た要因……魔力異常についてだろう。

 アシュラゴーレムの出現も、その前兆ということだ。


「気を付けてくださいね、タケナカさん! 私達は貴方に非常に期待してるんですから!」


 言いながらミーシャは俺の家の方へと飛んでいき……そこには、俺とナナと……野次馬たちだけが残される。


「おい、誰だ今の……」

「最新型の飛行艇じゃなかったか? アレ……」

「すっげえ美人だったよな」


 ボソボソと呟く彼等をそのままに、俺はナナを連れて立ち去る。

 すでにミーシャの登場で俺の存在については半分以上意識から消えたのだろう、特に呼び止められる事もなかった。


「……人間が移り気なのは知ってましたけど。薄情なものですね」

「ん?」

「だって、あのアシュラを放っておいたら、たくさん人が死んでたんでしょう?」

「たぶん、な」

「だったら、もっとオーマさんに感謝していいでしょうに……もう何も無かったみたいになってます」

「まあ、俺だしな。さっき称賛されたのも驚きなくらいだ」


 アイツに出来るんなら俺にも出来た。

 正直、そのくらいの反応は覚悟していた。

 だから特に何も思わなかったのだが……ナナはいかにも不満そうに頬を膨らませて俺の脇を突く。

 何度も、何度もだ。


「な、なんだ? どうしたナナ」

「どうした、じゃないですよ! オーマさんは、もっと自分自身を認めるべきだと思います!」

「そんな事を言われてもな」

「いい加減分かってるでしょう!? オーマさんは凄いんです! 加護がどうのこうのって人達より強くて、それで人を助けてるでしょう!」


 言いながら、ナナは俺の服をギュッと掴んで引っ張る。

 俺の前に回り、強い意思を籠めた目で見てきて……俺は、思わずたじろいでしまう。


「私、オーマさんの事良く分かってませんでしたけど。いい加減分かってきましたよ。オーマさんはクールなんじゃなくて、諦めが良すぎるだけなんです」

「……仕方がないだろう。今の世の中は」

「加護至上主義なんですよね。ええ、オーマさんが貧乏してるのでも分かります。たぶん加護がなきゃ、普通に生きていけないんでしょう。きっと今の世の中は、そういうものなんでしょう」


 でも、とナナは言う。


「チャンスが巡ってきてるじゃないですか。私がいて、ミーシャさんがいて。オーマさんの力を示せる機会があるじゃないですか。人生を変えるチャンスが今、此処に! あるでしょう!?」

「ナナ……」

「しっかりしなさい、オーマ・タケナカ! 私に告白してきた時の勢いは何処に行ったんですか! アレが本当の貴方なんじゃないですか!? 悟りきった顔してないで、もっと燃えて生きなさい!」


 燃えて生きろ。

 そんな言葉を人から言われるとは思わなかった。

 誰もが俺が隅で生きる事を望んでいたが故に、俺は知らず知らずのうちにそれが俺の普通であると思い込んでいたのかもしれない。


「ナナに告白した時の俺……か」


 なるほど、確かにあの時は「俺」らしくなかった。

 身体の中から湧き上がる情熱のままに俺は行動していた。

 だけど、それが本当に「俺らしい」行動だというのなら。

 ……俺は。


「ナナ」

「なんですか、オーマさん」


 怒った顔のままのナナを、俺は真正面から抱きしめる。


「ありがとう。愛してる」

「そ、そんな話してませんよ!?」

「いいや、そんな話だ。ナナの言う『悟りきった俺』は、きっと君を通してだけ『燃えてる俺』になれる。君が、俺の運命だ」

「だ、だからそういう……もう、オーマさん!」

「愛してる。大好きだ。ああ、こう言う度に俺の中に何かが燃え上がる……君に約束した詩も浮かびそうな気がする」


 幸せだ。これが幸せなのだと、今の俺には理解できる。


「いいから放してください、馬鹿! 嫌いです!」


 ……何故だ。

 ショックで緩んだ俺の手からナナは抜け出ると、思いっきりアッカンベーをしてきた。

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