君の為に

 何故か分からないが、ナナの機嫌を損ねてしまったらしい俺は、不機嫌そうな表情のナナを連れたまま街の中心へとやってきていた。

 ここまで来ると全ての建物が石造りだが、それを見てナナは「ほへー」と声をあげていた。

 ……うん、よかった。

 どうやら機嫌は直ってきたようだ。


「ナナ」

「! ふーんだ!」


 ……何故だ。

 何故ナナはこんなに怒ってるんだ。


「機嫌を直してくれ、ナナ。何がそんなにいけなかったんだ」

「それが分かんないからオーマさんはオーマさんなんですよーだ!」

「そんな事を言われてもだな……何か悪いところがあったなら直そう。教えてくれ」


 言いながらナナの目を覗き込むと、ナナは「うっ」と呻いた後に「そういうとこですよ!」と叫ぶ。


「そういうところ……?」

「人目を気にしてください!」


 ……なるほど、言われてみれば随分と注目を浴びている気がする。


「アレって、あいつだろ? あの無能の……」

「でも、なんか準災害指定のモンスター倒したって」

「ガセだろ?」

「ていうかあの女の子きれー……」


 俺達の話をしているようだが、とりたてて記憶すべき点があるようにも思えない。

 やはり何が問題なのかは不明だが……対象を「俺」から「俺達」に変更すると、なるほど見えてくる。


「そうか。俺と一緒にいるのが問題だという話か」

「え?」

「俺は悪い意味で有名だからな……ナナまで同じ目で見られるのは確かに困るだろう」

「あ、ちょ」

「だが、俺はお前を離す気はないぞナナ。悪いとは思うが、早めに諦めてもらうと助かる」


 そこまで俺が一気に言い切ると、ナナは視線を彷徨わせ……やがて、大きな溜息をつく。


「……あのですね。いえ、ええ。そうですよね、オーマさんてば、マトモな人間関係築けてなさそうですもんね……対人能力が少し、大分、大幅に欠如してても……まあ、仕方ないですよね」

「対人戦の経験ならそれなりにあるつもりだが」

「うっさいです。ええ、もう。分かりました。ハッキリ言いますね?」

「ああ」


 ナナはそこで一息入れると、俺をビシッと音がしそうな勢いで指差す。


「人前でベタベタしない! 恥ずかしいでしょう!?」


 これで俺にも分かるだろうと言わんばかりのキメ顔だが……ううむ。


「すまない。ナナのキメ顔が可愛いという事しか分からん」

「ええ……その発言からして何1つ分かってない……」

「そもそもだ。愛は恥じるものじゃないだろう」

「うっ、それっぽい事言いますね」

「俺のナナへの想いも何ら恥じるところはない。何度でも言うぞ。俺はナナを愛している!」

「くっ、あのですね! 愛は秘めたるものという言葉がですね!」

「秘めて愛が伝わるものか! 愛していると伝えてこそだろう!?」

「何度も繰り返すと言葉も陳腐化しますよ!」

「I LOVE YOU!」

「違う! そうじゃないです!」

「……我愛弥?」

「言語の問題じゃないです! ていうか旧世界の言語意外と堪能ですか!」

「お前に愛を囁く役にたっているのは幸いだ」

「あー、もう!」


 ナナは俺の胸元に指を突き付けると、顔を赤くしながら「いいですか、ちゃんと聞いてくださいね」と告げてくる。


「私は奥ゆかしい方なので、ここぞという時にだけ愛を囁いて欲しいんです。オーマさんが私を好きなのは充分に分かりましたから」

「好きなんじゃない、愛してるんだ」

「分かりましたから! だから普段からそういう事言うのはやめてください! もう1回言いますけど! ここぞ、という時にだけ言ってください!」

「……そうか」


 ナナの言葉を俺はしっかりと反芻する。

 そこまで言うのであれば、俺も考慮しなければいけない。

 ここぞ、という時か……どんな時だろうな。

 考えて……俺はふと、気付く。


「それはひょっとして、俺の愛自体は受け入れてくれている、ということでいいのか?」

「……前向きには検討します」

「そうか。嬉しいな……む、ここはひょっとして、ここぞと」

「違いますからね」


 言いながら、ナナは呆れたような……けれど、微笑みながら溜息をつく。


「私とオーマさんの間では色々と問題があると思うんですが……まあ、どうせ言っても聞かないんでしょうね」

「乗り越える努力はしよう」

「いや、乗り越えられても私も困惑するんですが……とりあえずいいです」


 言ってくれれば乗り越えるための工程表を構築するんだが……ナナがいいと言うのであれば、いいのだろう。


「それで、ですねオーマさん。話を戻しますが、誰にだって外聞とか評判っていうものがあるんです」

「俺はそれに関しては最低だぞ。『無能』で固定されてるからな」

「これから覆していくんです。そのままじゃ困ります」

「だが……」


 それは、難しいんじゃないだろうか?

 加護至上主義は昨日今日で始まった話じゃない。

 世界の固定観念を変えるというのは、モンスターを倒すほどに簡単な話では……。


「……オーマさんは、私を『最低な人の恋人』にしたいんですか?」

「むっ……」


 それを言われてしまうと、弱いな。

 俺の評価はともかく、ナナの評価が低いというのは……ちょっとばかり、イラッとする。


「人生を変えるチャンスをオーマさんは今、掴んでるんです。夢を大きく持ちましょうよ!」

「夢、か」

「ええ、願うのも努力するのもタダです。なら、やらなきゃ損でしょう?」

「……そう、だな」


 人生を変える、か。

 そんなもの、今更考えた事もなかったが……ナナの為なら、頑張れるかもしれないな。

 ナナから差し出された手を俺は優しく……可能な限り優しく握りながら、そう思った。

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