アシュラゴーレム

 触れた感触は、不思議なものだった。

 暖かくもなく、冷たくもない。

 触れているのに触れていないかのような感触と、それでいて「此処にある」という確かな感覚。

 俺もあまり詳しくはないが、魔道具はこういうものではなかったはずだ。

 つまり、これは……間違いなくナナの力によるものなのだろう。

 それさえ分かれば、充分だ。

 俺は悪鬼像の振り回す剣を受け……そのまま、バターか何かのように悪鬼像の剣は切り裂かれた。


「!?」

「なっ……」


 ただ受けただけで、悪鬼像の剣が切り裂かれた。

 その事実に俺は驚き、しかし同時に確信に至る。

 この剣は強い。

 それを理解した瞬間、俺は防御へと傾いていた思考を攻撃へと切り替える。

 一気に踏み込み、悪鬼像へと剣を振るう。

 首をすっ飛ばしてやろうと思って振るった剣はしかし、警戒した悪鬼像が一瞬前に飛びのいたことで目的を果たせずに「逃げ遅れた」剣の1本を斬り裂く。


「す、すっげえ……!」

「なんだあの剣! アシュラゴーレムの剣を斬りやがったぞ!?」

「そんな事できんのかよ!? アシュラゴーレムっていえば準災害指定のモンスターだぞ!?」


 俺が有利とみてとったのか、逃げて行った連中が戻ってきているようだ。

 災害指定……確か軍の出動を要請するレベルのモンスター、だったか。

 ギガントゴーレム、シャドウデーモン……街1つが消滅するようなモンスター達が、そのリストには名を連ねている。

 準災害指定の場合は、その1つ下の段階だが……放っておけば甚大な被害が出ることに変わりはない。

 今の俺にはたいして役に立たない情報だ。


「……ふむ」


 2度も振るえば、嫌でも剣の特性は理解できる。

 どうやらコレは、俺の魔力を吸って稼働する剣であるようだ。

 普通魔法剣の類は魔力をチャージして使う方式らしいのだが……これは違う。

 ナナの力で何処まで改造されたか分からないのであの教授を下手に褒められないのだが、俺にとっては非常に使いやすい剣だ。

 何しろ俺は……魔力切れを起こしたことなど、生まれてから1度もない。


「どうやら、勝敗は決まったな」


 逃がすつもりはない。

 こいつがクモのように逃げに特化した移動手段を持っていないのは見れば分かる。

 ブースト系の身符を使えば、こいつが逃げるより先に俺が追いつく。


「さあ、かかってこいよ災害指定。お前には、俺の仕事の成果になって貰うぞ」


 モンスターに言葉が通じたという研究結果はない。

 だが俺が挑発している事くらいは分かるのだろう。

 アシュラゴーレムは俺を憤怒の表情で睨みつけると、残った6本の剣を振りかざし一気に加速する。

 俺は手の中の剣を握り、それを迎え撃ち……そして、剣を振るう。

 御大層な剣術など必要はない。

 奥義の類も必要ない。

 ただ一撃による必殺。問答無用の真っ二つで、アシュラゴーレムは地面へと崩れ落ちカードに変わる。

 叩きつけられた衝撃か跳ね上がるカードは俺の手の中に収まり、強い魔力の籠ったアシュラゴーレムカードがギラリと光を放つ。

 ……同時に、周囲から歓声が沸きあがった。


「すげえ! すげえよ!」

「倒しちまった……! え、マジでアシュラゴーレムだったよな今の!」

「アイツ、例の無能だろ!? あんなに凄かったのか!」

「見て見て、今撮れたこの写真エモくね!?」


 最後の奴はちょっと待て。何勝手に写真撮ってんだ。

 振り向いて抗議しようとしたが、撮影機を構えてる奴が多すぎて誰か分からない。

 そして何よりも……俺に向かって走ってくるナナの姿が、全ての不満を消し飛ばす。


「オーマさあああん!」

「ナナ!」


 剣をカードに戻すと腕を広げてナナを待ち構えるが、その直前でナナは停止してしまう。

 何故だ。


「凄いですよオーマさん! 今のモンスター、凄く強いって聞きましたよ!?」

「ああ、準災害指定らしいな。アシュラゴーレム、だったか」


 少なくとも、こんな街中に突然出るようなモンスターじゃないのは確かだ。

 ちゃんと浄化していない古戦場跡や事件現場などに強力なモンスターが発生する事例はあったはずだが……少なくとも、オフィスビルに災害指定のモンスターが出るなど有り得ないはずだ。

 広げた腕が手持ち無沙汰なのでナナを抱きしめると、腕の中でナナがジタバタと暴れる。


「ちょっとオーマさん、何するんですか!」

「ナナが愛しくてな」

「またそんな……恥ずかしいですから!」

「愛する事は恥ずかしい事じゃないぞ」


 言いながら、俺は手元のカードに視線を移す。

 アシュラゴーレム。確かにそう記載されているが……俺の腕の中で暴れていたナナは、そのカードに気付き「んー?」と不思議そうな声をあげる。


「そういえばアシュラって腕6本じゃありませんでしたっけ? なんで8本あるのにアシュラなんですか?」

「いや、知らないが……そうなのか?」

「そうですよ? まあ、旧世界の話ですけど……」

「……ふむ」


 まあ、俺にはその辺りの話は分からないが……あるいはミーシャや、あの教授であれば何か知っているのかもしれないな。

 一応、災害指定のモンスターなんかが出てきた事だし連絡した方がいいだろう。


「ナナ、悪いがミーシャに連絡を頼む」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る