タケナカ抗魔社
……まさか、今日中に、というか……こんなにすぐに認可されるとは思わなかった。
受け取った書類の数はそれなりに多く、説明を聞きながらサインをしていかなければならない。
これも本来は後日また、ということになるのだろうが……先程の職員がカウンターでマンツーマンで説明してくれている。
「はい、これで全て完了です。その、お、おつかれさまでした」
「いや、こちらこそ無理をさせたような形になってすまない。本来は一か月はかかると聞いていた」
「それはサボりすぎなんでしょうね。労働省の統計によると、ここ数年は新規開業者の数は大きく減少傾向にあるみたいですし」
受け取った書類を再度確認しながらオーマが言うと、横でミーシャがそう言って笑う。
ちなみにその視線はオーマではなくカウンターの奥の駆除協会の役職持ちらしい男に向けられているが……頑なに目を合わせないのは脅えているのだろうか。
「特にトウキョウ域での新規開業数の減少傾向は酷いものでして……我々モンスター対策局としましては、あまり一極化は望ましくないんですよねえ……」
言いながら、ミーシャは俺の横に入り込むようにしてカウンターに手をつく。
「だから、たとえば……たとえばなんですけどね? どこぞの地元大手業者に配慮して、難癖つけて新規の参入を遅らせてたりとかしてたら……」
もはや、カウンターの向こうの職員は誰も目を合わせない。
地元大手……というと、セメリィ駆除社だろうか。あそこからは、エイダ駆除サービスも仕事を受注していたはずだ。
クリーンなイメージで売っていたはずだが……まあ、鼻持ちならないのが多いしな、あそこは……。
「ま、それはさておき。行きましょうか、タケナカさん! お仕事の話もしたいですし!」
「あ、ああ。ナナ、行くぞ」
「はーい。ていうかミーシャさん。やっぱり私の事視界に入れてませんよね?」
「そんな事ないですよナナさん。ちょっと優先度が低いだけです!」
「オーマさん、この人酷いです!」
俺の袖を引っ張るナナと、俺の腕を引っ張り連れて行こうとするミーシャ。
なんだかこの前までの孤独が嘘のような騒がしさだが、そんなに悪い気分ではない。
だがまあ……とりあえず俺はミーシャに「ちょっと待ってくれ」と声をかけると、ナナへと振り向き頭を撫でる。
「心配するな、ナナ。俺は君の方が優先度が高い。それでいいだろう?」
「むー……それはそれでちょっと複雑な気分なんですけど」
「何故だ……」
「何故と言われましても……」
初対面の印象がなー、と呟き始めるナナと俺を見比べて、ミーシャは「実は恋人とかってことないですよね?」と聞いてくる。
「いつかはそうなりたいと思っているが」
「臆面もなくそう言っちゃうところがなあ……」
「むー……」
なんとも複雑そうな表情のナナとミーシャだったが、ミーシャは再度俺の腕を引っ張ってくる。
「でもまあ、とりあえずはいいです。私も勤務時間とかありますし、早く行きましょタケナカさん。事務所に案内してください」
「事務所っていうか自宅だがな」
そう、タケナカ抗魔社の本社所在地は自宅である。
他に社屋になる建物など持っていないのだから当然だ。
「まあ、そうだな。此処に居ても注目されるだけだしな……」
先程からの騒ぎで、どうにも無数の視線を感じる。
俺は元々悪い意味で顔がそれなりに売れてるから、これがどう転がるか分からないのはどうにも怖い所だ。
……まあ、「無能」とか「加護無し」で覚えてはいても、俺の名前をどれだけの連中は覚えているかは不明だが。
「じゃあ、ついてきてくれ。ミーシャのような奴を歓待できる場所といえないが……」
言いながら俺が歩き出そうとすると、入り口辺りが急に騒がしくなり始めたのを感じた。
「なんだ……?」
ザムザム、と揃いの靴でテンポよく行進するような音が響き始め、実際そういう……揃いの制服に身を包んだ連中が現れる。
セメリィ駆除社。この辺りでは規模ナンバー1の地元最大手の駆除会社だ。
そしてその先頭にいるのは……確か、セメリィ駆除社の重役だったはずだ。
「軍務省の方がいらっしゃっていると伺ってまいりました……ああ、貴女ですか? いやいや、一目見て分かりましたよ。オーラのようなものからして違います」
「確かに私は軍務省モンスター対策課の者です。えーっと……失礼ですが、何方でしょうか?」
表面上は笑顔で応対しているミーシャだが、俺にだけ聞こえるくらいの小声で「白々しい……」と呟いている。
口が全く動いてないのは……なんというか、凄い技だ。
「これは失礼いたしました! 私はセメリィ駆除社第4業務部長、ルイス・アーフィと申します! 今日は貴女がトウキョウ域に来訪されました旨を知り、是非歓待させていただきたいと……!」
「お断りします。こう見えてスケジュールが詰まっておりますので」
「しかし、私達はこの地域でも最大手です。何かとお手伝いできる点も」
「必要ありません」
そう言うと、ミーシャは笑顔のまま俺の腕を取る。
「モンスター対策課としましては、すでに協力会社の選定は済んでおります。ご協力いただけることが発生するようでしたら、別途連絡をする事になるかと思いますので」
それでは、と。
そう言って俺の腕を引いて立ち去ろうとするミーシャに……「待っていただきたい!」とルイスが叫んだのは、まあ……俺が奴の立場なら、当然の事だった。
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