国家機関の財力すごい

「あのー……オーマさん」

「なんだ?」

 

 歩きながら空を見上げていたナナが、俺の袖を引っ張ってくる。

 

「なんか、空に浮かんでるっていうか……こっち来るんですけど」

「ん? ああ、飛行船だな。この辺りを飛ぶのは珍しいな」


 飛行船はその名の通り、空を駆ける船だ。

 主にセレブな連中の為の乗り物だが……やけに武装が多いから軍用だろうか。

 ……ん? 軍用?


「ミーシャ、まさかアレは」

「あ、はい。お察しの通りです。アレはモンスター対策課の……んー、たぶん三番艦ですかね?」

「三番艦……」

「予想より早いですから、ある程度準備してたんでしょうね。局長には敵わないなあ……」


 色々と言いたい事はある。

 国家機関財力ありすぎだろ、とか。

 モンスター対策課だけで何隻所有してるんだ、とか。

 だがまあ、とりあえずそれはいい。


「準備してたって……どういうことだ?」

「ええ。こっちに支部を作らないとですから、その為のとりあえずの資材ですかね?」

「……何処に?」

「最終的にはタケナカさんの会社の隣になりますけど、まずは敷地内に間借りさせて頂こうと」

「聞いてないぞ」

「許可貰いましたよ、ほぼ白紙の委任状な感じで」


 ……あのサポート体制が云々という話だろうか。

 確かに言ったが、そういう意味じゃないと思うんだが……。


「ちなみにもう話は動いてるので、拒否権はないです」

「……そうか」


 こういう時は反論しても無駄だと知っている。

 遠い目をする俺に、ナナがこっそりと「やばい人ですよ、この人……」と呟いてくる。

 概ね同感だが、今更だ。

 関わった時点で不運と幸運が同時にやってきたと思うほかない。

 かくして、俺達が家に着く頃には職員……というよりは戦闘員にしか見えない格好の連中が忙しく家の中に機材を運び込んでいた。


「おい、カギは閉まってたはずなんだが」

「魔導鍵じゃない鍵なんて意味ないですよ、タケナカさん。見た感じ旧世界の住宅みたいですけど、防犯性に難ありですねー」

「だから安かったんだ。どうせ俺の家に盗むものなんてないからな」

「これからは違いますよ? 私の安全にも関わる話なので、外観を変えない程度に色々やることになると思いま……あ、やってますね。流石だなあ」


 屋根や壁に連中が張り付いてるのはそれか。

 ……借家じゃなくて売家でよかったな、ほんと。

 家賃が上がったりしたら払えないぞ。


「だが、何故そこまでやるんだ?」

「え?」

「一時的な滞在ならともかく、支部の建物の設立を見据えてるんだろう? 駆除協会への要請じゃなく、国家公務員様が出張ってくるなんて……何か国の方針に変化でもあったのか?」

「んー」


 ミーシャは俺の質問に考えるような様子を見せると、ニッと笑って俺を見上げる。


「状況に流されてはくれませんか。あくまで一歩引いた姿勢……駆除士とて冷静な思考を出来てる証拠ですね」

「煽てるな。これだけ現実感がなければ、誰でも裏を疑うぞ」

「うーん。それが出来る人って意外と居ないんですけどねー……ま、いいです」


 そう言うと、ミーシャは真面目な表情に変わる。


「まず、これを聞くということは途中退場は許されないのだと理解してください。よろしいですか?」

「お、オーマさん……」

「大丈夫だ、ナナ」


 脅しにも聞こえる言葉に不安を見せるナナに微笑むと、俺はミーシャへと向き直る。


「どうせ後戻りなんかできないだろう? 聞かせてくれ」


 自宅を改造しているところから見ても、俺を逃がすつもりがあるとも思えない。

 これは、単なる確認作業のようなものだ。

 そんな考えの下に頷く俺に、ミーシャは満足そうに笑う。


「……近いうち、トウキョウ域に何かが起こる。私達は、そう推測しています」

「何か、というのは? モンスター対策課が動くということは、テロの類ではないんだろう?」


 それならばモンスター対策課ではなく、軍そのものが動くはずだ。

 そしてセメリィ駆除社のような大手ではなく、俺のような個人と契約する理由……それは。


「トウキョウ域で、異常な魔力を断続的に観測しています。位置は常に変化し、何処が中心部であるのかは分かっていません。ですが統計的に、この近辺が一番可能性が高いという結論を私達は下しています」

「……ボスモンスターの出現、か」

「あくまで可能性です。ですが、十年前のアイスドレイクの出現をモンスター対策課は忘れたわけではない、ということです」


 アイスドレイク。十年前にアオモリ域を全滅寸前に追い込んだボスモンスター。

 最終的に国軍の攻撃により倒されたらしいが……今でもその傷は癒えていない。

 あれと同等のものが現れるとなれば、確かに数など意味がない。


「俺なら倒せると?」

「正直に言いますと、そこまでは期待してません。でも、それなりの事態には対処できるんじゃないかって期待はあります」

「……なるほどな」


 強力な個人であれば、多少の何かがあっても逃げて報告が出来る。

 此処を改造しているのも……いざという時に接収がスムーズという思惑もあるのだろう。


「……理解はした」

「お話が早くて助かります。流石はタケナカさんです!」


 ああ、なるほど。

 俺を認めてくれるミーシャに何故ナナ程に惹かれないか、理解できた気がする。

 彼女は、俺に利用価値を認めてはいても「駒」程度でしかない。

 その言葉のほとんどは空虚なものだ。


「では、早速ですけど契約に入りましょうか!」


 提示されたのは、予想よりもずっと大きい額。

 この家を数軒買ってもおつりがくるほどのものだ。

 だが、高揚感は感じない。

 むしろ、思考は冷たく……冴え渡っていた。

 

 もしも、ナナが居なかったら。

 俺の事を思って言葉をかけてくれる人がいなければ、俺はミーシャに踊らされていたかもしれない。

 その有難さを噛み締め……俺は、ナナに心の中で感謝していた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る