仕事と権限

 む、それか。

 昨夜の契約書は本当に簡単な内容だったからな。

 軍務省モンスター対策課が俺に仕事を依頼し、俺が解決に向け最大限の努力をする……みたいな内容だった。

 エイダ駆除サービスの契約書は細かすぎて目が滑るのに、凄い違いだ。


「昨日お話しした通り、私達モンスター対策課は十年前のモンスター災害の再来を警戒しています」

「……あのー」

「はい、なんでしょうナナさん」

「それって、そのモンスター対策課が危ないですよーって告知するわけには」

「ダメです。尋常ではない混乱が起こると予想されます」


 ナナの提案をミーシャはあっさり蹴るが、まあそうだろうな……と俺も思う。

 十年前のアイスドレイクによる災害がトウキョウ域でも起こるかもしれないと聞けば、何が起こるか分かったものじゃない。


「それに現時点では可能性の域を超えません。確実であるという確信の域までいかなければ、最悪経済に無駄な混乱を引き起こして終わりという可能性だってあります。それは絶対に許されない事なんです」

「……でも、人が死ぬかもしれないのに」

「経済の混乱でも人は死にます。そして経済の混乱は多くの場合、悪党の跳梁を招きます。そしてそれは、最優先すべきモンスター災害への対策を遅らせるんです」


 それは俺にも理解できる話だ。

 たとえばセメリィ駆除社などは混乱に乗じて成長した典型的な例だ。

 モンスター被害に人々が苦しむ混乱期に駆除会社を立ち上げ、一気にトウキョウ域にシェアを伸ばした。

 今では規制されたあくどい事も多くやったらしいが、それは当時の駆除会社の特徴でもあるし「不安は商売のチャンス」なんて言葉もあるくらいだ。

 十年前のモンスター災害再び……なんて話が広がれば、何が起こるか分かったものじゃない。


「……まあ、それは理解できる。で、俺は具体的に何をしたらいいんだ?」

「ええ。タケナカさんにお願いしたいのは実地調査です」

「実地調査?」

「ええ。今回の件を担当するにあたり、地域安全度調査という名目で生活省の方から依頼を入札方式で出してまして。まあ、落札したのはセメリィ駆除社なんですけど。その結果がアレでしたから、まあ……信用できないでしょう?」

「まあ、な」


 路地裏にローパーが2体出るくらいだからな。

 アレ、デミゴブリンどころかゴブリンくらいなら平気で食うらしいからな……。


「なので、街を適当にウロついて頂いて、モンスターが居たら片っ端から狩ってほしいんですよ」

「それは……いいのか? 他社の依頼と被ると思うし、色々と土地の管理権もあると思うんだが」


 下手をすると訴えられるし、警察も呼ばれる。

 そう難色を示す俺に、ミーシャはハッと鼻で笑う。


「問題ないですよ、そんなの。ゴチャゴチャ言うようなら、これを見せてやってください」


 言いながらミーシャがテーブルの上に乗せたのは、銀色に光るカードだった。


「なんですか、これ?」

「……ミスリル製のカードだな」

「みすりる」


 ふぁんたじい、とナナが呟いているが、とりあえずそのままにしておく。

 まあ、地球にはミスリルは存在しなかったらしいしな……。

 だが、それを言うなら神であるナナもファンタジー側だと思うんだが、それはいいんだろうか。

 言うと怒るかもしれないから言わないが。


「……軍務省モンスター対策課委託駆除士、オーマ・タケナカ……俺の事か」


 他にもカードにはタケナカ抗魔社、とも記されている。

 要は俺の身分を軍務省モンスター対策課が保証してくれるということだろう。


「で、こっちはナナさんの分です」


 続けて置かれたカードにはナナの名前と会社名、そして「軍務省モンスター対策課委託」とだけ書かれている。


「ナナさんは駆除士の資格も調査員の資格もないそうなので、とりあえず私達が身分を保証って意味しかありませんけど」

「うっ、確かにそうですけど……ええと、ありがとうございます」

「いえいえ」

「それで、具体的にこのカードにはどういう効力を期待すればいいんだ?」


 まさか単純に権力で黙らせるということではないだろう。

 そんなものを一般人に渡すのはあまりにも危険に過ぎる。


「そのカードを提示する事で、私達モンスター対策課の依頼を受けて行動している証明になります。モンスター対策法によって、全ての駆除会社は軍務省モンスター対策課に協力の義務が発生しますし、いわゆる個人の権利も緊急避難という名目である程度制限されます。まあ、モンスター災害を放っておくのは人類に対する罪ですから当然ですね」

「……つまるところ、モンスターを発見した場合はコレを提示して踏み込め、と?」

「極めて怪しい場所を発見した場合に踏み込む権利も含めますね。まあこれに関しては乱用されたら困りますけど」


 困る、で済む話でもないと思うんだが……本当に権力で黙らせるカードだな……。


「そんなものを俺に渡していいのか? かなり危険な権限だと思うが」

「んー、まあ、ハッキリ言うとそれ、結構上位の権限のカードなんですよ」

「そうなのか?」

「ええ。でもまあ、必要でしょう? 偏見に満ちた連中を黙らせるには」


 ……かもしれないな。

 

「多機能通信機も渡しておきますので、何か判断に困ることがあれば連絡をください。それと……昨日預かったローパーカードも含めた話なんですが」

「ん? ああ」


 そういえば昨日駆除協会の職員から取り戻したローパーカードはミーシャに預けたままだったが。


「こちらで買い取りますので、駆除協会には渡さずに直接持ってきてください。で、早速ですがコレはローパーカードの代金です」


 決して少なくはない額の入った小袋を置いて、ミーシャは笑う。


「まずは街中に普段とは違うモンスターが湧いていないかどうか、数はどうか、強さはどうか……色んな点から調査は進んでいきます。なので、タケナカさんの働きには私達モンスター対策課一同、期待してますね」


 ……随分なプレッシャーをかけてくれるものだ。

 まあ、こうして稼ぎがいい事を示されては、やる気を出すしかないが。

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