第23話 勝ち誇るな!
「たっだいまー!」
夜の20時過ぎ。
恵令奈が宿題を進めていると、玄関が開き、有紗の明るい声が家中に響いた。
恵令奈はシャープペンを置き、全く進まなかったノートを閉じ、立ち上がる。
ドンドン、と階段を上がる音が響く。
恵令奈が扉を開け部屋から出ると、声色と同様の笑顔の有紗と目が合った。
「……おかえりなさい。随分と、今日はお楽しみだったようですね?」
そう聞くと、有紗は満面の笑みを浮かべる。
「うん、すっごく楽しかった。それに……」
顔を赤らめ、乙女のようにモジモジと自分の手を絡め、
「もっと、ユウくんの事、好きになっちゃった……」
イラッ、と顔には出さないようにしても、おそらく恵令奈の表情は引きつっていただろう。
「そうですか……具体的に、何をしていたか聞きましょうか?」
「うん、聞いて聞いて! 部屋入るねー!」
許可してないのに勝手に部屋へと侵入してくる有紗。若干だが、プールの独特な匂いが彼女がするのに恵令奈は気付く。
「プールですか。また大胆なことしましたね。……あっ、プールに入った体でベッドに座らないでください!」
ベッドに勝手に座った有紗はスマートフォンを操作しながら、ん? といった感じで首を傾げる。
「別に、シャワーは浴びてきたよ?」
「シャワー……もちろん、一人でですよね?」
「ふふん、想像にお任せしまーす。そういえば、ユウくんに抱きしめられるの、すっごく、温かかったよ」
自慢気に言う有紗に、恵令奈の大人びた表情が更にひくつく。
「……またまた。ユウさんは大人ですから。女子高生を簡単に抱くとは思えませんよ」
「んー、そうかな? だってあたし、後ろからギュッて抱きしめられたよ? それに……」
有紗はモジモジとしながら、胸元に手を触れる。
「……柔らかいって。すごい、柔らかいって、言ってくれた」
「──ッ!?」
その瞬間、恵令奈は声にならない声を発した。
「そ、それは、どういう……嘘、ですよね?」
「んー、嘘じゃないよ。これは事実。あたしの胸をもみもみして、お腹を後ろから抱きしめて、柔らかいって言ってくれたもん」
「ま、まさか」
そう思っても、有紗が見栄を張る為にそんな嘘を付くわけはない。
本当半分、嘘半分、それぐらないならあり得るが、どちらにしろ、事実ではあるのだろう。
だが、恵令奈にだって対抗できる優斗との経験はある。
腕を組み、壁に背中を付け、いつもの大人っぽい表情をする。
「事実かどうかはさておき、私も、ユウさんと、その……キス、しましたから」
いつもの表情をしてたのに、キスという単語を出すと、顔が真っ赤になって恥ずかしい。
だがこれで、有紗が嘘を付いてるのなら、慌ててその話を聞いてくるだろう。
──だが。
「……へえ」
有紗はどこか誇らしげで、自分の唇に指を触れる。
「あたしも、今日しちゃったけどね」
「──ッ!?」
再び変な声が漏れる。
そして有紗は立ち上がると、恵令奈の肩に手を置き、勝ち誇った表情を向けてきた。
「ファーストキスは譲ったけど、先に素肌に触れられたのはあたしだから、まあ、ごめんね?」
「す……はだ……?」
「それじゃあ、あたしは部屋に戻ってユウくんと今日の感想を言い合うから、おやすみー!」
有紗が部屋を出て行く。
誰かにテストの成績で負けても顔色一つ変えない恵令奈が、今だけは、唇をぷるぷるさせ、悔しそうにしていた。
そしてベッドへ向かうと、枕をバンバンとベッドに叩きつける。
「……ウソ、ウソウソウソ! そんなわけない、ユウくんと、ユウくんと有紗がしちゃったなんて!」
恵令奈は怒りをぶつけていた枕を投げ出すと、すぐにスマートフォンを手に取る。
今日一日、ずっと音が鳴らなかったスマートフォン。
もしも二人が情事にふけっていたのなら、返事がこなくても当たり前かもしれない。
嫌な予感がして、恵令奈はすぐ彼へ電話をかけた。
1コール。
2コール。
『もしも──』
「ユウさんの、浮気者!」
『えっ、な、なに、どういうこと!?』
電話口の先からは慌てた声がする。
そして先程、有紗から、いかがわしい事をしたと聞いたことを話すと、優斗は慌てた様子で説明した。
『違う違う、何も無いって。そりゃあ、ウォータースライダーを一緒に滑るから後ろから抱きしめたし、滑る勢いが強くて胸を触っちゃって、感想を求められたから感想を伝えたけど……そういうことは無いよ』
「……な、なんですか、そういうことですか。も、もちろん、私はユウさんがそんなことを有紗とするとは思ってませんよ! ええ、断じてありません!」
ベッドに座った恵令奈は安堵した。
「ところで、キスは……?」
『えっ、それは……』
「したんですね。でも、私の方が上手くできてましたよね!?」
『えっと、その……』
ムキになって伝えるも、返事は曖昧だった。
問い詰めるように聞く中、ギギギッ、と閉まっていた扉がゆっくり開き、
「──ユウくん! あたしとのキス良かったよね!? それに、キスしたとき、約束したもんね!?」
部屋へ戻っていたはずの有紗が扉を開け、電話口の先の彼まで届くように伝える。
「有紗!? ユ、ユウさん、約束って何ですか!?」
『えっと、それは……』
「ふふん、ユウくん、恵令奈には内緒だよ? 二人だけの、秘密なんだから」
「有紗! ユウさん、どういうことですか!?」
電話口の彼は何も答えない。
恵令奈は扉から顔だけを覗かせる有紗の元へ向かい、
「ど、どういうことですか、何の約束をしたんですか!?」
「んー、気になる? だけど残念、あたしとユウくんだけの秘密だから、内緒! じゃあ、おやすみー!」
「ちょっと、待ってください、有紗!」
自室へと走っていく有紗を、恵令奈は追いかけるように部屋を出て行く。
仲良しな双子の構図、そうとしか思えない二人。
そして残された電話口の彼は、
『あのー、俺はどうしたら、あのー、あのー? 誰かいますかー?』
寂しそうな声を漏らしていた。
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