第6話 双子とお試しデート 3


「──こちらの映画ですね。それでは、料金パックをお選びください」



 映画館にて三人はチケットを購入する。

 パックには、シニアパックや、学生パックという、割引パックがあり、それ以外だと通常の大人料金になる。



「えっと……」



 二人は高校生なので、学生証を見せれば割引できる学生パックになるだろう。

 優斗はそう思い、大人一名の学生二名でと伝えようとした。だが、



「大人パック三名をお願いします」



 と、恵令奈が言う。

 受付の女性は映画のチケットを三名分、用意してくれた。

 三人は上映時間を待った。



「学生料金の方が安くなるのに、良かったの?」

「はい、大丈夫です。というより、優斗さんが怪しまれますよ?」

「え、なんでだ?」

「大人一人に、女子高生が二人。うん、怪しまれるね、絶対」



 笑いながら言う有紗の言葉に、優斗は確かにと頷く。

 この年齢なら兄姉でもおかしくはないが、それでも、多少なりとも怪しまれるだろう。

 二人が優斗を気遣ってくれたのだと知り、



「気を使わせてごめん。そこまで気にしてなかった」

「いえいえ。それに通常料金も学生パックも、そこまで値段は変わらないですからね」



 そんなことを恵令奈と話していると、有紗はスマートフォンを操作していた。



「有紗、何してるのですか?」



 恵令奈はスマートフォンを覗く。



「ん、これ」



 有紗がスマートフォンの画面を見せると、恵令奈はため息をついた。



「また、SNSですか。わざわざ、映画一つ見るのにもそれに報告するのですね」

「そそっ、だってみんな、この映画見てるって言ってたからさ。あたしも見たよー、ってアピールするのさ」

「アピールする意味が分からないのですが……?」

「アピールしとけば、学校に行ったときに自分から映画の話題を振らなくて済むでしょ?」



 そんな話をしている二人。

 優斗は恵令奈に聞く。



「恵令奈は、SNSとかやらないのか?」

「はい、私はああいうの苦手なんです。ユウさんはやられてるのですか?」

「いや、やってないよ」

「ですよね、普通はやりませんよね!?」



 恵令奈は少し興奮気味に訴えてくる。



「あんなの、独り言を誰かに覗かれてるみたいで気味悪いですよね!? あれをやる人の気持ちがわからないです!」

「あ、ああ、そうだね……」



 優斗が返しに戸惑っていると、有紗はスマートフォンを鞄にしまいため息を漏らす。



「ほら、そろそろ上映時間だから、行こうよ」

「そ、そうですね。では話題沸騰中という恋愛映画を見に行きましょうか」



 興奮はどこへやら。

 恵令奈は憂鬱そうにしながら前を歩く。

 すると、有紗は小声で教えてくれた。



「……恵令奈は、流行りとか、周りがしてるからとか、そういうのが嫌いなの。だからSNSも、評判が良いのも、嫌いなのね」

「なるほど。自分の我を持ってる、そんな感じかな」

「たぶんね」



 それは生きていくのに、少しだけ枷になってる気がした。

 SNSをやらないのは優斗も同じだからわかる。けれど、時には周りと合わせなくてはいけないときがある。

 優斗の場合であれば、


 会社の飲み会に行きたくなくても、行かなければ他の社員から良い目で見られない。

 会社で流行ってることがあれば、それを知らなければ話題に乗り遅れる。


 なので少なからず、周囲と合わせることは生きていくのに必要だといわれている。

 そして、恵令奈の生き方では周りに壁を作ってしまいそうに感じた。



「恵令奈は、学校ではその……」



 ──友達はいるのか?

 そう有紗に聞こうとして、最後の言葉を飲み込んだ。

 それを今日会ったばかりの自分が聞くのはおかしいと思ったからだ。


 だが、有紗は優斗の気持ちを察したのか、苦笑いを浮かべた。



「……想像通り、かな。でも恵令奈、今は気にしてないみたいだから大丈夫だよ」

「……今は?」

「二人とも、早く行きますよ」



 疑問に思った答えは有紗から返ってこず、三人は映画を見るのだった。











 ♦







  



『話題沸騰!』

『最後に感動のラストが待ってる!』

『この映画を見たら、あなたも恋がしたくなる!』


 そんな謳い文句の恋愛映画を二時間ほど見た時間は、優斗にとって地獄のような時間だった。


 内容は簡単に、

 イケメン転校生がやってきて、最初は互いに喧嘩ばかりだったけど、いつしか互いに親密な関係になる。

 だが不意に、イケメン転校生が病気で倒れ、目を開けないイケメン転校生にヒロインが愛の告白をすると、イケメン転校生が目を覚まして「俺もだよ」と答える。


 ──どこかで見たことのあるような、テンプレ通りの恋愛映画だった。

 中盤の感動を誘うシーンでは、館内からすすり泣く声がした。

 優斗もここが感動するシーンだと理解はできたが、泣けるほどでもなかった。


 そして、この映画を誰よりも楽しみにしていた有紗も同じだった。


 始まる前は、

『あとちょっとで始まる! 楽しみー!』

 だとか、

『絶対に泣く! 泣く泣く泣く!』

 とワクワクしていたが、映画が進むにつれ、左側に座る彼女からはため息がはっきりと聞こえた。

 頬杖を付く彼女の顔は、明らかに退屈そうにしていた。


 ──けれど右隣に座る、先程まで映画を酷評していた恵令奈は、ハンカチを手に取り、目元の涙を拭いながら、食い入るように映像を見つめていた。


 そして映画は終わり、暗くなった周囲が明るくなると、有紗は伸びをする。



「……楽しかったねー」



 明らかに感情のこもっていない言葉に優斗は苦笑いを浮かべる。

 すると、



「ですねですね! 見る前は面白くないと思ってましたが、見てみたらもう、最高の映画でしたよ! 特に最後のシーン! あれはもう──」



 熱い感想を述べる恵令奈を見て、有紗はため息をつきながら「やっぱり、ハマってんじゃん」とボソッと漏らす。


 どうやら恵令奈は単純なようだ。


 そして三人は映画館を後にした。

 その道中も、恵令奈はずっと先程まで見ていた映画を熱く、有紗へと語っていた。

 有紗は「はいはい」と適当に相槌を打って流すが、恵令奈の熱い感動話は止まらない。


 本当に仲良しなんだな……。


 優斗は二人の姿を見てそう感じられた。



「うわ、もう真っ暗じゃん」



 気付けば外は暗くなっていた。



「……恵令奈、そろそろ帰る時間だから、話は帰ってから聞いてあげるね」

「あ、もうそんな時間でしたか……」



 興奮気味だった恵令奈は、悲しそうな表情をする。

 そして二人の視線は、優斗へと向く。



「あ、あの、ユウくん……もし良かったら、これからも、その……会いたい、かな」

「私も、もしユウさんが良ければ、会いたいです」



 二人にそう言われ、優斗は考える。

 ここへ来るまでは迷っていたが、今はそこまで嫌ではない。というのも、二人が話しづらい女子高生とは違った感じだからだろう。


 それもこれも、ゲーム内でチャットしていた頃から変わらない、というのもあるか。


 優斗は頷く。



「ああ、俺で良ければ、また」



 そう伝えると、二人の瞳がキラキラと輝いたように見えた。

 そして二人はスマートフォンを取り出し、



「じゃ、じゃあ、連絡先を交換しよっ!? ゲーム内じゃなくても話せるように!」

「私もお願いします、いつでも話せるように!」



 二人にそう言われ、優斗もスマートフォンを取り出す。

 メッセージアプリを起動して、連絡先を交換する。

 ピロリン、という音が鳴ると、二人はスマートフォンの画面を見てニコニコとしていた。



「そういえば」



 そこで、二人が優斗に直接会って話したがってることを思い出した。



「ところで、今日は話したいことがあったんじゃないの?」



 その言葉に、二人は顔を見合わせる。

 どうしよう、どうしよう、などと言ってるような迷ったような表情を浮かべた二人。

 二人の中で何か決まったのか、こちらに向けた表情は笑顔だった。



「えっと……それはまた今度ね!」

「はい、また会えるのであれば、今でなくて大丈夫ですから!」

「……ん? そうなんだ。わかったよ」



 二人は慌てた様子だったが、そこまで重要な話ではないのだろう。

 

 そのままスマートフォンを手にした二人は、



「それでは、またすぐ連絡しますね!」

「すぐ連絡するから!」



 二人は手を振る。

 優斗はその後ろ姿を見送ってから、電車に乗った。


 エリサはやっぱり二人いた。

 恵令奈と有紗。双子の女子高生だが、見た目や中身は全く似ていなかった。

 そんな二人はゲーム内でも変わらずに、エリサのままだった。

 今日会ったばかりの二人──されど、エリサという姿の彼女らとは既に一年以上はチャットでやり取りしていた。

 それがきっと、気まずい雰囲気が起きなかった理由だろう。


 そんなことを考えていると、スマートフォンが音を鳴らす。



「……二人からメッセージか」



 メッセージを見ると、それは二人からのものだった。



『今日は来てくれて嬉しかったです。会ってみてやっぱり、ユウさんはゲーム内でお話した、優しいユウさんのままでした。ですが、今度は二人でお会いしたいです。だって、私はユウさんの──」


『映画は微妙だったけど、ユウくんと会えて嬉しかったよ!! 今度は、二人で会いたいなって思うんだ。だってあたしはユウくんの──』



 今日のお礼と、楽しかったという感想。そして、



『──婚約者ですから』

『──婚約者だから』



 その最後の言葉を見て、優斗は苦笑いを浮かべた。

 同じタイミングで『婚約者』というゲーム内での言葉。これはきっと、二人が優斗をからかってるのだと思った。


 ──だけど優斗は知らない。


 これはゲームのチャットでのやり取りと同じ。

 文字だけの会話だから、優斗にはどんな表情で、どんな思いがあって、この言葉を二人が最後に添えたのかわからない。



「わかったよ、と……」



 だから二人ともに肯定するようなメッセージを送った、何も考えずに。

 その返事を二人がどんな表情で確認したのかを、この時の優斗はまだ知らない──。

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