第24話 出すべき答え


「──あっ、そういえば昨日、あのプールに行ってきたんだー!」

「えっ、そうなの? どうだったどうだった?」



 次の日。

 恵令奈は教室の片隅で、次の授業の予習をしながら、耳では、とあるクラスメートたちの会話に耳を傾けていた。

 それは、有紗が机に座りながら、むふふ、と幸せそうに昨日の思い出を語る会話だった。



「うんとね、いっぱいプールとかあって良かったよ。オススメする!」

「へえ、いいなー。わたしも行きたいな」

「俺も行ってみてえな。つか、あれだな。今度みんなで行ってみねえか?」



 クラスの男子や女子が有紗の周りを囲い、男子の言葉に「いいね、いいね」と賛成する、いつもの楽しげな光景。今までであれば、かごの外である恵令奈には関係ないのだが、今日だけ──というよりは、これからは無関心ではいられない。



「というより、有紗って誰と行ったの?」



 そんな話を振られ、待ってましたと言わんばかりの表情を浮かべる有紗。



「えっとね、彼氏とだよ」



 その言葉に、周囲はざわつく。



「えっ、有紗って彼氏いたの?」

「うん、いるよ」

「……俺、その話し聞いてないんだけど? フリーじゃねえの?」

「だって言ってないもん」

「へえ、あの有紗が彼氏ね……じゃあ、他のクラスの子が言ってた噂って本当なんだ」

「あー、昨日、会った二人か。そだよ、彼氏といるとこ見られたのさ」



 そして、授業を始めるチャイムが鳴ると、有紗は座っていた机から床へジャンプする。



「だから、ゴメンね。男と遊ぶの無理だから。彼氏一筋だから」



 周りからは、えー、という声が響く。

 女子からは羨ましがる声が。男子からは少し苛立ちを含んだ声が。


 有紗は恵令奈へ近付いてくると、隣の席の、自分の席に座った。



「……彼氏ではないと、ユウさんが言ってましたけど?」

「いいのいいの、あたしが勝手に言ってるだけだから。というより、男子に言い寄られるのめんどかったからさ」

「ユウさんをダシに使わないでいただきたいですね」

「ん、そういうわけじゃないよ。ただ、あたしがユウくんを彼氏って言うと、なんだかすっごく幸せなだけ。それに、いつかはそうなるわけだし?」



 こちらを見ながら満面の笑みを浮かべる有紗に、恵令奈はため息をつく。

 朝からずっとこんな感じ。

 きっと有紗は、前とは違い、周囲の目なんて気にしなくなったのだろう。彼氏がいると伝えて、おそらく男子から子羊を狙う狼かのような視線を浴びることは減るだろう。


 ──その他大勢の注目よりも、たった一人の気を引きたい、そんな乙女心に変わったのか。


 だが恵令奈だって、このまま黙ってはいられない。



「では、私もユウさんの事を彼氏だと広めていいですよ」



 そんな事を言うと、有紗は自分の机を持って恵令奈の机にくっつける。



「教科書、忘れたから見せて」

「はいはい」

「ありがと。んで、さっきの話だけどさ──いいんじゃない?」

「……はい?」



 キョトンとしてると、授業が始まっても有紗は笑顔のままだった。



「だから、恵令奈の彼氏と、あたしの彼氏が同じ人だってこと」

「……それは、世間的にユウさんの印象を下げるのでは?」

「別に、クラスメートはユウくんの事を知らないんだからいいんじゃない。というより、あたしに譲ってくれるつもりはないんでしょ?」



 恵令奈は今日の授業である260Pを開きながら、耳に髪をかける。



「もちろん、ありませんよ」



 そう、はっきりと答えた。

 有紗はノートを開き、シャープペンを持ち、ノートに黒板の文字を書き込むフリをしながら、



「じゃあ仕方ないよ。あたしも譲れない。恵令奈も譲れない。だったら、いいじゃん。ユウくんがそう名乗って嫌がらないなら、それで」

「……はぁ。それに、ユウさんがどちらかを選ぶとは思えませんしね」

「……だよねー」



 二人は気が気でないなりにも、授業を受けてるフリを続けていた。

 教師が教科書を読み、クラスメートたちがコソコソと小さな声で話し合う。

 そんなざわつく周囲でも、二人だけはまるで、二人だけの空間にいるようだった。



「あたしか恵令奈、ユウくんがどっちかを選ぶとは思えないね。というより、決まってたとしても、それを口にしないよね」

「ですね。どちらかを選べば、どちらかを昔の──苦しかった日に戻すことになりますから」

「……むしろ、選んでほしくなかったり?」

「……結ばれるのが一番ですが、まあ、そうかもしれませんね。……今では有紗も、私にとっては大切な存在ですから」



 その言葉に、有紗はニヤリと笑う。



「うわっ、百合発言。なに、ユウくんよりもあたしの方が好きなの?」

「そんなわけありません。有紗はどうなんです? 私が悲しんでもいいんです?」

「……それはないかな」



 自分が前まで苦しかったのは、双子だからこそ。そしてその苦しみは、双子である互いが持ってきた苦しみだ。

 それをどちらも理解している。

 そんな苦しみを再び相手に味あわせるというのは、恵令奈も有紗も嫌なのだろう。



「だけど」



 有紗はふと、真剣な表情を浮かべる。



「あたしはユウくんの一番になりたいと思ってるから」



 その言葉に、恵令奈はシャープペンを置く。



「奇遇ですね。私もなんです。では、今週の週末はどうですか?」

「日曜日? 部活は休みだったはずだから、いいよ」



 どう? と言われて理解できるのは双子ならではなのか。

 会話が通じ合い、恵令奈はそっと息を吐く。



「決まりですね。では、後でユウさんに連絡しておきます」

「後で? あたしは今しちゃおっかなー」

「授業中なんだから駄目ですよ。成績、落ちたんですよね?」

「ゲッ、なんで知ってんの?」

「馬鹿みたいに教室で「成績落ちたー」と叫んでたらわかりますよ。ほら、ここ次のテストに出ますよ」

「ん、ありがと。じゃあ、今日は頑張ろ」



 後でメッセージを送ることを決め、二人は仲良く授業を受けることにした。








 ♦








『ユウさん、今週の週末なのですが空いてますか? もし良ければ、一緒に遊びたいなと思いまして』


『ユウくん、日曜日さ、恵令奈と三人でどっか遊びに行かない?』



 ──昼休み。

 二人から届いたメッセージを見て、優斗はコンビニ弁当に付いてきた箸を置いた。

 届いたのはほぼ同時。ということは、おそらく一緒に考え、送ってきたのだろう。



「日曜は休みだけど……」



 二人からの誘いは嬉しい。

 なにせ一緒にいるのは楽しいのだから。

 けれど、気がかりがないわけではない。



「女子高生二人と頻繁にデート……これって、さすがにマズいよな」



 彼女たちは関係ない。これはただの、優斗の大人としての立場的な問題だ。

 それに、二人との関係だ。

 あの二人が何の意味もなく異性にキスをしてくるとは思えない。

 キスは好きな相手とするもの。というのが優斗の考えであり、彼女たちの考えなのだろう。

 二人が初めてだと言っていたのだから、ふざけて、などではないはずだ。



「……俺のこと好き、なのかな。わかんないけど、そうだよな」



 恋愛経験に乏しい優斗であっても、それぐらいわかる。おそらく勘違いではなく、二人が自分に好意を寄せてくれてるはずだ。


 だが、二人のどちらかを選ぶことなんてできない。

 もしも選んでしまったら、選ばれなかった方は辛く、そして、選ばれた方も気まずくなってしまう。


 ──自分と出会う前の話を二人から聞いたから、そう思う。


 双子の女子高生だから、一緒に暮らしてたら嫌でも顔を見合わせる。

 どちらも大切な存在なのだから、どちらかを苦しませる選択はできないし、してはいけない。



「モテる男は辛いよ……なんて、俺が言うべきじゃないよな」



 知らぬ間に二人の苦しみを救った優斗。

 二人には惚れる理由があるかもしれないが、優斗には惚れられる理由はない。


 だからモテる男が辛いという言葉を吐けるような大層な男ではない。


 そんな大層な男ではない優斗が、二人に答えられる言葉は、



「……あれしかないよな」



 優斗はスマートフォンを操作して、二人にメッセージを送る。


 ──わかったよ、場所は俺が決めるから。


 答える言葉は決めた。

 それは二人に会って、直接伝えよう。

 そう考え、二人とのデートの日まで、大切な相手とのデートのプランを、優斗は人生初めて考えるのだった。

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