第25話 二人の服選び
「……ふう」
──日曜日。
優斗は待ち合わせ場所である札幌駅にて、緊張をほぐすようにゆっくり息を吐く。
今は朝の9時前。
普段のスーツ姿とは異なり、私服姿である優斗の表情には、若干の緊張が伺える。
そしてキョロキョロと周囲を見渡していると、
「──ユウくん!」
有紗の声がした。
そちらを見ると、彼女がぶんぶんと手を振り、その隣を、にっこりとした優しい微笑みを浮かべる恵令奈がいる。
「おはよう。まだ時間前だけど、もう準備はいいの、有紗?」
「ちょっと、それどういう意味!? いつもあたしが準備に時間かかってるみたいじゃん!」
「……ユウさんの言う通りだと思いますが?」
有紗が頬を膨らませ、恵令奈がため息混じりに声を漏らす。
二人の服装は、それぞれの個性に合った服装だといえる。
恵令奈は全体的に落ち着いた感じの服装で、二の腕を出し、膝丈まで伸ばした白生地のワンピースで、小物のバックを肩にかけ、お腹のくびれを強調させるベルトを付けた大人っぽい服装をしている。
有紗はというと、太股を出したジーンズ生地のショートパンツに、上はその太股までの長さのデニムコートと、男性なら視線を奪われてしまうほどのスタイル抜群な彼女の魅力を生かす服装になっている。
こんな完璧な二人の隣を、ずっと着てる黒のジャケットと、ジーパンという、かなりラフな格好の優斗。
「本当、二人って美人だよね……」
心の声が漏れる優斗。
本心からの言葉で、二人に届くかどうかといった声量だ。
だが二人の耳にはっきり聞こえたのだろう、髪をいじったり、顔を赤くしながら、
「きゅ、急に、どうしたんですか、ユウさん……?」
「そう、だよ……急に言われたら、恥ずかしいじゃん」
「あっ、ごめん。二人を見て、ちょっと思ったんだ。なんだろ、変だな、ごめん。ははっ」
笑って誤魔化そうとする優斗を見て、二人はクスクス笑う。
「心の声が漏れた、ということは本心なんですね。嬉しいです、ありがとうございます」
「嬉しい、けど……今度からは、急に言わないでね。恥ずかしくてヤバいんだからさ」
どうやら二人は喜んでるらしい。
そして優斗は、腕時計を見て改札口へと歩き出す。
「あっ、そろそろ時間だ。二人とも、電車に乗るよ」
「えっ、電車に乗るのですか?」
「うん、場所が離れてるからね」
「ねえねえ、今日って何処に行くの?」
「着いてからの秘密かな」
「ふふーん、もしかして、二人を変なとこに連れて行って……とか?」
有紗がニヤニヤとしながら、そんな事を言うと、優斗と恵令奈は目を細め冷ややかな視線を送る。
「有紗、馬鹿な事を言ってると置いてくよ?」
「そうですね、有紗はここで置いていくとしましょう」
「ちょっと! 冗談だってば、もう!」
スタスタと前を歩く二人に、慌てて走ってくる有紗。
三人は電車に乗り、目的地へと向かった。
♦
「ユウくんが連れて来たかったのって、ここだったんだ……」
目的地の入口に到着するなり、有紗は口を開き驚いていた。
「話では聞いた事はありましたけど、そういえば、来た事なかったですね」
恵令奈も同様で、初めての場所に驚く。
ここは、北海道で最も広いとされる『アウトレットモール』で、ファッション関係のお店が多く建ち並び、食事エリアや、遊べるアトラクションコーナーなんかもある。
子供から大人まで、そして、カップルや友人たちと、そんな感じで土日になると大勢の人で溢れ返る施設だった。
「俺も初めて来るけど、やっぱり、人が多いな」
「ですね。ユウさんはどうしてここへ?」
「えっと、色々と遊べる場所があるって聞いててね。それに一つの理由は、二人に俺の服を選んでほしかったんだ」
「「服……?」」
二人は首を傾げる。
「実は近々、地元の同窓会があってさ。だけど着ていけそうなちゃんとした服は持ってなくて、それに俺って服装のセンスとかないんだ。だから、二人が選んでくれた服装なら、恥ずかしくないかなって。……駄目?」
そう聞くと、二人はぶんぶんと首を左右に振る。
「い、いえ、私たちが選んだ服を着てくれるのは、とても嬉しいです!」
「そうそう、あたしたちが選べるのは嬉しいよ!」
「良かった」
……ここへ連れて来たのは、それだけが理由ではないのだが。
優斗は財布の中に忍ばせていた、とある前売り券は二人に見せず、歩き出す。
「でも同窓会か……何か複雑な気分」
「え、何が?」
「だってさ、同窓会って言ったらユウくんの元カノとかもいるかもでしょ? それに、久しぶりに会って綺麗な元同級生がいたら……あるかもでしょ」
「あー、そういうことか」
「たしかに、それだとカッコいい服装にはしないで、モテなさそうな服装を選ぶのが正解かもしれませんね」
「だね。それが良いかも!」
「……あの、真面目に選んでもらいたいんだけど?」
優斗は呆れたように、それでも、少し微笑ましく笑う。
「それに、元カノはいないし、女の同級生で来るっていったら、みんな結婚してるよ」
「もう、それを先に言ってくださいよ。であれば問題ありませんね。……ん、有紗?」
安心した恵令奈とは違い、有紗は難しい表情をしながらうなり声を上げる。
「んー、もっと駄目。そういうタイプが好きな男の人もいるでしょ!?」
その言葉に、また二人は有紗を目を細めジッと見つめる。
「な、なにさ、そういうのが好きな人もいるって誰かが言ってたよ!?」
「……有紗は、俺をそういう風に見てるんだね」
「……誰が言ってたのですか、それ。ユウさんがそういタイプだと?」
「ちょっと、あたしだけ悪者にしないでよ! ただ、心配になっただけだもん……」
有紗が顔を俯かせる。
有り得ない事だとしても、きっと、彼女は本気で心配してくれてるのだろう。
「別に大丈夫だって。俺にはそういう趣味はないからさ」
「んー、ならいいけどさ」
「そうです! だったらユウさんの着る服に『彼女一筋』って大きくプリントするのはどうです?」
「あっ、それいいかも!」
「……それは止めて。絶対に着ないからね」
本気で言ってるのかわからないが、キョトンとしてる彼女たちを置いて、優斗はそそくさとアウトレットモール内へと入っていく。
外にも人は多くいたが、中にはもっと多くの人で賑わっていた。
近くには『駐車場満席』の看板を持った警備員や、お店からは呼び込みの大きな声が響く。
「有紗、ここからは勝負ですよ。こんなこともあろうかと、ユウくんに似合いそうな服装を想像してネットを見て回っていたことがあるんです」
「ふふん、奇遇だね、あたしもなんだ。それにファッションの事なら負けないよ。ファッションって言ったらあたしだからね」
二人は火花を散らす。
そんな二人に連れられ、優斗は女性の買い物に付き合う恐ろしさを初めて知るのだった。
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