第26話 お餅に挟まれて
──ここへ来てから、三時間ぐらいが経っただろうか。
優斗はベンチに腰掛けながら、空を見上げていた。
アウトレットモールとは買い物する場所である。けれど、優斗の横には購入した荷物はない。
そして、
「これなんか、ユウさんに似合うのではないでしょうか。ピシッとしていて、派手ではなく大人っぽい渋さがあると思います」
「いやいや、こっちの派手なのの方がいいって。恵令奈、ユウくんの年齢わかってる? 絶対、こっちの方がいいよ!」
「それは派手すぎます。ユウさんはもっと、ピシッとしたのが似合うんです」
「ピシッとって意味わかんない。年齢的に絶対にこっちでしょ。その服、なんだかおじさんくさいよ」
優斗の視線の先。
ブランド物の服を多く取り揃えてる店内から、二人の賑やかな声が響いてくる。
三時間という長い時間で二人が購入した服は一着もない。
ずっと、彼女らはそれぞれの好みをぶつけては、相手の選んだ服にいちゃもんを付ける。
ただ、それだけならいい。
「ユウさん、また試着お願いします!」
「あっ、こっちの服もね!」
「……う、うん」
服を選んでと頼んだのは優斗だ、なので文句を言える立場ではない。
だが、かれこれ三時間、優斗は着せ替え人形のように選ばれた服を試着しては、ああでもない、こうでもない、と言われ、結局は着ても選ばれない。
もう、何着身に付けたのかわからない。
二人が試着室を借りようと店員に声をかけると、またか、といった表情を二人にではなく、優斗に向けてくる。
「えっと、これが二人の最終決断でいいのかな?」
二人が選んだ服を手に持ち試着室へ。
すると、二人は双子らしく似たようなキョトンとした顔を浮かべる。
「いえ、まだ仮ですよ?」
「うん、まだ(仮)だよ?」
「……そう、なんだ」
女性の買い物が長いというのは、都市伝説の類ではないのかと、優斗は頼んだ事を後悔する。
カーテンを閉め、指定された服に着替える。
すると、カーテンの外から二人の賑やかな声が響く。
「ユウさんが着替えてる間に、次の服も選んでしまいましょうか」
「だねだね。次は何を着てもらおうかな……あっ、少し違った系統の服も着てもらおっかな」
「そうですね、私も違った大人っぽい服を着てみてもらいたいです」
優斗は二人に聞こえないよう小さくため息をつく。
どうやら、このままではずっと着せ替え人形のままでいさせられるようだ。
なので、優斗は恵令奈の服に着替え、
「よ、よし! 恵令奈のも、有紗のもこれに決めたよ!」
そう伝えるが二人は納得いってない様子で、
「なんだか、強引ではないですか?」
「いや、そんな事ないって。俺は好きだよ、どっちの服も」
「えー、まだ着てもらいたいのあるんだけど」
「だけど……」
「やっぱり、まだ私は納得してません。もっとユウさんに合う服があるはずなんです!」
「いや、でも……」
「ユウくん! 恵令奈のは着てるけど、あたしの服は着てくれたの!? 見せてくれないの!?」
「あ、えっと、ちょっと待って」
優斗は慌てて着替える。
恵令奈の選ぶ服装は何となく優斗が着ても問題ない黒を主体にしたのが多いが、有紗のはかなり派手で、優斗だったら絶対に買わないような色合いの服が多く、少し気恥ずかしかった。
「どう、かな……?」
「んー」
有紗はうなり声を上げ、
「惜しい、かな?」
「……何とも反応に困るな。でも、これに決めたよ。二人が選んでくれんだしね!」
「ですが……」
「でも……」
二人は納得いっていないようだった。
こんな調子が三時間も続いてるのだから、もうこれ以上に良いのは無いと思う優斗。
すると、
「お、お客様! すっごくお似合いです! そちらにしますか!? ねっ、ねっ!?」
店員が駆け寄り優斗の服装をほめちぎる。
どうやら、店員も早く選んでほしいらしく、助け船を出してくれた。
「ほら、店員さんもこう言ってることだしさ!」
「……ユウさんが喜んでくれるのであれば」
「まあ、ユウくんの助けになれたなら、あたしは嬉しいかな。うん」
「そ、それじゃあ、これをお願いします」
「はい、かしこまりました! すぐ会計しますのでー!」
優斗から二人が選んでくれた服を持ち、店員は急ぎ会計を始める。
その流れるような動作は、おそらく店員の今日一番のスピーディーさだろう。
「それで、私と有紗、どっちの選んだ服が好きですか?」
「えっ、それは……」
「もちろん、あたしだよね!?」
会計を待ちながら、優斗は二人に詰め寄る。
「お客様、お釣り、お釣りどうぞ! またどうぞ! ありがとうございました!」
店員は関わりたくないのか、お釣りを渡すと、優斗たちを半ば強引にお店から出そうとしてくる。
もう助け船はない。
優斗は困り顔を浮かべながら、
「えっと、どっちの服も良かったから……両者、引き分けってことで……?」
曖昧な答えを出す。
すると、二人は同時にため息を漏らす。
「……ユウさん、らしいですね」
「……ユウくんの、女ったらし」
「何が!?」
どちらともの機嫌を損なわないような言葉に、二人から文句が飛び出してくる。
どうせ、どちらかの服を選べば、もう片方は不満を浮かべるだろう。選ぶのは不正解で、この答えが正解なのは言うまでもない。
けれど、ふてくされた二人の視線が優斗をジッと捉えてくる。なので話をかわそうと、優斗は慌てて話題を変える。
「そ、そうだ。そろそろご飯にしない!? もうお昼だしさ」
その逃げの口実に、二人からジト目を向けられる。
「あっ、逃げた。ユウくん、最低」
「ユウさん、ズルいですね」
「な、何がさ! ほら、何か食べたいのある? 今日は何でも好きな物を奢るよ! 選んでくれたお礼なんだから、甘えてくれていいよ!」
歩き出す優斗。
後ろからは二人がブーブー何か言ってるのが聞こえる。
「……では、お言葉に甘えましょうか。ねえ、有紗」
「うん、そうだね。逃げちゃうズルいユウくんに、甘えちゃおっと」
すぐに機嫌を直してくれた。それは有り難い。だがどうしてだろうか、悪寒がする。
三人は飲食店通りへ。
そしてすぐに、優斗は悪寒の理由を知る。
「へえ、このお店、一番高い料理がフルコースで1万円ですって。とても美味しいのでしょうね」
「こんなの食べた事ない。食べたいなー、食べたいね、恵令奈」
「ええ、食べたいですね。ねっ、ユウさん?」
「……うん」
二人が見てるメニューは、決して昼に食べるような料理コースではない。
他のお店なら千円程度なのに。
だが今の優斗の立場は、二人の言葉を断れない。
「えっと、その……」
今日はこれだけで終わらない。
もっと二人としたいこと、もっと二人と遊びたいこと、たくさんあるのだから。
余分にお金は持ってきたが、ここでそんなにお金を使うわけにはいかない。
優斗は苦笑いを浮かべる。
すると二人は顔を見合わせ、クスクスと笑い出す。
「もう、冗談ですって。こんな高い料理、私たちには似合いませんよ」
「そうそう、こんな高いの食べたって味とかわかんないしさ」
「なので……」
「だから……」
二人は優斗の腕を組み、
「もっと別のお店を探しましょう? こうして腕を組んで歩いて……ゆっくり、時間をかけて、ねえ?」
「そうそう、高いお昼ご飯を奢ってもらうより、こうして甘えさせてくれた方が嬉しいしね」
「ちょ、さすがにこれはマズいって!」
周囲からの視線が痛い。
どういう関係なのか、そんな感じだろう。
けれど優斗の困惑は二人に届かないようで、視線を浴びながら嬉しそうに優斗を引っ張る。
「さっき甘えさせてくれるって言ったではないですか? まさか、また逃げるつもりですか?」
「ふふん、駄目だよ、そんな簡単に女の子に口約束しちゃあ。甘えていいなんて言ったら、こうしちゃうんだからさ」
「そうですよ。ほら、もっとギューッてしてあげますよ。ギューッて。……あっ、顔赤いですね?」
「ほんとだ、顔真っ赤だよ。恥ずかしいの? だけど止めてあげない。一緒にこの視線を楽しもうね」
豊満な胸の感触も、隣を歩く二人の小悪魔のような囁きも、周囲から向けられる痛いほどの視線も、優斗の全身に大量の汗を流させる。
そんな状況で、優斗は二人に腕を組まれたまま、ゆっくり、時間をかけて、先程までの服選び同様に一店舗一店舗、汗をダラダラさせながらお店を見て回るのだった。
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