第8話 恵令奈と自宅デート 1


 ──それは大丈夫だよ!

 優斗が文字を入力する前に、恵令奈からチャットが届く。



『いつなら空いてますか?』



 なぜ決定事項のようになってるんだ?

 優斗はそう思い、慌ててキーボードを入力する。



『いや、大丈夫だから! これからは、ちゃんとご飯食べるから!』

『いいえ、駄目です!』



 恵令奈は聞いてくれない。

 一度でも火が付くと猛進するタイプなのだろうか。


 けれど、女子高生に夜ご飯を作ってもらうのは、さすがに色々と駄目だろう。

 優斗は遠慮する。恵令奈は押し通す。

 それからもやり取りは続く。



『……迷惑、ですか?』



 文字として画面に表示されてるのに、なぜか、猫撫で声で恵令奈が言ってるように聞こえた。



『……ユウさんの体調が心配なんです。少しでも健康になってほしいんです。ダメ、ですか……?』



 拒みにくい言い方を受け、優斗は葛藤してから、キーボードに手を置く。



『……お願いします』



 優しさで言ってくれてる感じなのに、それを無碍に断ることはできない。

 優斗は負けた。

 背もたれに体重を乗せ、ため息を漏らす。


 ──ピコン。


 すぐに恵令奈からチャットが届く。



『はい、お願いされます! ではいつがいいですか? 明日はいかがですか? お仕事が終わったら合流して、一緒に食材を買いに行きましょう』



 いつがいいか聞いてるのに、既に一緒に食材を買いに行くことが決定している。



『明日の仕事も今日と同じ時間帯に終わるから、たぶん大丈夫だよ』

『良かったです! では、ユウさんの住んでるお家の近くのスーパーでお買い物しましょうか。待ち合わせは──』



 二人は待ち合わせの場所や時間を決める。

 恵令奈は普段から、学校が終わると真っ直ぐ家に帰り、宿題や次の日の授業の予習をするらしい。

 なので明日も、特に予定はないのだとか。


 そして明日のことを話し終えると、



『ユウさん、明日のことは、有紗には内緒でお願いします』



 ふと、そう言われた。



『どうして?』



 疑問に思い聞くが、恵令奈からチャットが来ない。

 明らかに先程までのチャットの速さとは違い、間が空きすぎてる気がした。

 なので優斗は考え、思い付く可能性の話を聞いた。



『もしかして、両親が厳しいとか……?』



 真面目な性格の恵令奈ならば、両親が厳しい可能性は考えられる。

 有紗は今も部活だろうが、普段から家で勉強をしてる恵令奈が急に、夜に出掛けたら両親が心配するかもしれない。


 優斗はそう思った。



『はい、そんなところです』



 恵令奈からの返事は曖昧な回答だった。

 有紗が口を滑らせないか心配なのだろう。

 自分のことを心配して料理を作ると言ってくれてるのだから、恵令奈を困らせないようにしよう。



『わかったよ。有紗には内緒にしておくよ』

『ありがとうございます。では明日、仕事が終わったら連絡待ってます。それでは、私はそろそろ寝ますね』

『うん、わかったよ。おやすみ』

『はい、おやすみなさい』



 恵令奈がログアウトするのを確認してから、優斗もログアウトする。



「部屋に女子高生を、それも二人で……これは、どうなんだろうか」



 何もやましいことは起きない。

 ただ食事を作りに来てくれるだけ。

 それなのに、少しだけ罪悪感が生まれる。


 ただそれ以上に今は、



「部屋を片付けるか」



 缶ビールの空き缶や、脱ぎっぱなしの服を見て、優斗はため息をつく。










 ♦








 ──ログアウトを済ませた恵令奈。

 パソコンの電源を落とすと、真っ暗になった画面には、口元が緩む自分の表情が見える。



「……やった」



 拳をギュッと握り、恵令奈は小さく喜ぶ。


 時刻は既に20時を過ぎている。

 別にまだ優斗とゲーム内で世間話をしてても良かったが、今日は早めに切り上げることにした。


 恵令奈は色々と準備をしたかったからだ。


 すると、



「ただいまー!」



 ログアウトして間もなく。

 恵令奈の自室である二階の下から、玄関を開けた有紗の声がした。


 恵令奈は立ち上がり、部屋を出る。


 二階の階段から下を見ると、制服姿の有紗が靴を脱いでるのが見えた。



「おかえりなさい、有紗」

「ん、ただいまー! いやー、今日も部活、疲れたよ!」



 リビングにいる父親と母親からも、おかえり、と声が聞こえる。

 有紗はくたくたな体のまま、二階にある自室へと向かおうと階段を上がってくる。



「はあ、もう汗だくだよ……。パパとママ、もうお風呂入った?」

「ええ、入ってましたよ。私はまだですが」

「まだってことは、もしかして、ユウくんと……?」



 ニコリと微笑むと、有紗はため息をつく。



「道理でメッセージの返事がこないわけだ。んで、もう終わり?」

「ええ、仕事で疲れてたみたいなので終わりました。メッセージは返ってきてないのですか?」

「ん……あっ、返ってきてた。返事しておこう」

「返事の前に、先にお風呂に入ってきてはどうです?」

「あー、そうしよっかな。先に入っていいの?」

「はい、私は少しやることありますから」

「ふーん、じゃあ先にいただくとしますかね」



 有紗は部屋へと向かう。



「あっ、そうです」



 恵令奈は有紗に声をかける。



「明日、少し帰りが遅くなりますので」

「ん、恵令奈が夜遅いの珍しいね。なんか予定でもあるの?」

「ちょっと、学校が終わってから一人で映画を見てこようかと」

「学校が終わってからだと、夜間の……?」

「ええ、一度、着替えに戻りますけどね」

「なるほど。あっ、もしかして、ユウくんと見た恋愛映画の影響で、恋愛映画にハマったの?」

「そんなところです」



 有紗は不思議そうに思っているようだったが、すぐに「ふーん」と納得したようだ。



「わかったよ。ママとパパは?」

「後で伝えておきますよ」

「まあ、恵令奈なら、ママもパパも心配しないだろうけど。あたしだったら、何処に行くかとか、誰と行くかとか、しつこく聞いてくるのに」

「ふふ、私は毎日、学校が終わったら家に帰ってきますから。逆に遊びに行くことを喜んでくれるかもしれませんね」

「そだね。まあ、変な人に付いて行かないようにねー」



 有紗はそのまま自分の部屋へ入っていった。



「ごめんなさいね、有紗。本当のことを教えたら、きっと来たがると思ったので、秘密にさせていただきます」



 恵令奈は自室へと戻り、スマートフォンを操作する。



「なにを作ったら、喜んでくれるでしょうか」



 初めての手料理。

 恵令奈は褒めてもらいたくて、優斗が喜びそうな料理のレシピを探しては、それをノートに書き写していた。

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