第28話 初めてした喧嘩の意味 1


「これは、花火大会のチケットですか……?」

「あんま手に入らないって……」



 優斗が二人に渡したのは今日、近くで行われる花火大会の、高層ビルの最上階にあるレストランから眺められるチケットだ。

 川の側から見上げられる花火大会だけど、ビルの最上階から眺められるこのチケットは前売り販売の倍率は高く、運が良くないと当選しないと言われている。



「二人も知ってるんだね。会社の人が行けないって言ってて、それで譲ってもらったんだ」



 嘘。

 本当は二人と見たくて、毎日のように必死に頼み込んで譲ってもらった代物だ。

 それほどまでに貴重な代物を手にした二人は、騒ぐわけでも、柄にもないと笑うわけでもなく、ただただ、口を半開きにして驚いていた。



「ユウ、さん……本当に、私たちでいいのですか?」

「もちろん。譲ってもらった時から、二人と行こうって決めてたんだよ。まあ、会社の男性同僚と行くもんじゃないし、行くなら女性とだけど、知り合いの女性いないし……嫌、だったか?」



 そう伝えると、双子ならではというべきか、二人は揃った動作で首を左右に振る。



「い、いえ……いえいえっ! 私、嬉しいです! このチケット、手に入らないって……それを、私たちと一緒に見てくれるなんて」

「そうそうっ! 花火大会なんて、誰かと見るのなんて久しぶりだから嬉しいんだよ!」



 どうやら喜んでくれてるらしい。

 優斗は二人の笑顔を見れただけで満足できた。


 そして腕時計に目をやり、



「それじゃあ、急ごうか。向こうに移動してからも、場所取りとかあるらしいから」



 席は確定してるものの、誰しも絶景スポットであろう窓際を狙う。

 場所を選べるのはチケットを貰った者から先に来た順番で、早く到着した方が良いだろう。

 優斗がそう伝えると、二人は両脇から優斗の腕を組み走り出す。



「はい、急いで向かいましょ!」

「せっかく用意してもらったのに、場所取り失敗したらやだもんね!」

「ちょ、別に引っ張らなくても、おい!」



 走らなくても間に合うから、と言っても二人は腕を離すことも、走り出した足を止めようともしない。

 その理由は──頬を赤く染め、少しウルッとさせた瞳を見れば、すぐに優斗でも理解できた。


 楽しみにしてくれてるのだろうか。


 そんな二人の表情を見た優斗は、今日、《ずっと気になっていた事を聞く》ことを決意するのだった。








 ♦








 札幌駅から電車に乗って何駅か進むと、中の島という駅に到着する。

 そこではこの時期になると、豊平川の花火大会が行われる。

 鮮やかに彩る都市型花火大会で、それを間近で見ようとする者は多く、まるで札幌中の人が集まってるのではないかと思わせる人で駅内から既に溢れかえる。



「いらっしゃいませ。チケットを確認いたします」

「あ、はい……」



 上品な佇まいの男性が、ゆったりとした口調で頭を下げる。

 それに伴い、優斗は何度もペコペコと頭を下げた。


 緊張だろう。なにせこんな高級感溢れるお店に入ったことはないのだから。

 そしてそれは、隣に立つ二人も同じだった。



「……ドレス、着てくれば良かったですね」

「……で、でも、ドレスなんて、あたしら着たことないじゃん」



 大人っぽい容姿な二人でも中身はまだ高校生。

 なのでシャンデリアで照らされた室内と、上品なお店だと感じさせるこの空間には、二人も緊張は隠せないのだろう。



「大丈夫……俺も、普通の格好だから」



 一般的なチェーン店に来た感覚の服装な三人。

 けれど、服装なんてすぐにどうでもよくなる。



「それに、浴衣の貸し出しがあるって聞いてたから」



 場所、飲み物、それに浴衣。

 チケットにはこの三点がセットとして付いてくる。

 なので今の服装など、着替えてしまっては、さほど気にするものでもないはずだ。


 受付の男性に案内され、強張った表情の二人は女性用を。優斗は男性用の浴衣を着替えに行く。







 ♦





 着替え終わった優斗は、空いた席に一人で座る。

 開始30分前にて既に、窓際の席は埋まっており、空いていたのは窓際から離れた端の席のみだ。



「まあ、それでも見えるからいいか」



 窓の下を眺めることはできないが、同じ高さまで打ち上げられる花火を見るには、そこまで悪くはないだろう。

 なので文句もない。

 それに先程までは上品な雰囲気に押し潰されそうだったが、いざ浴衣に着替え中へ案内されれば、それほど緊張感はなかった。

 なにせ浴衣を着れば、そこには同じ夏祭りを楽しむ男女しかいない。子供のはしゃぐ声なんかも聞こえ、意外とリラックスできた。


 優斗はワインが注がれたグラスを口元に当てる。



「──お待たせしました」



 後ろから声をかけられ振り返ると、そこに立っていたのは、白と黒の浴衣を着た恵令奈と有紗だった。

 大人っぽさが増した身形に、後ろ髪を結い、いつもは見られないうなじがはっきりと見える。

 ゴクリと唾を飲むと、二人は顔を赤くさせ微笑む。



「ふふっ、お気に召したようで嬉しいです」

「えっ、別に俺、何も言ってないんだけど」

「言わなくてもわかります。ユウさん、顔真っ赤ですもの」



 頬に手を当てると、確た。


 恵令奈のお淑やかな感じも、有紗の華やかな感じも、今はいつもより強く感じられた。

 そして両隣に座った二人は、メニュー表を見始める。



「ユウさんは何を飲んでるのですか?」

「ん、よくわかんないワイン。俺、いつもビールだけど、この雰囲気ならワインかなって」

「たしかに、外だとビールですけど、ここではワインの方が合ってますね」

「じゃあ、あたしもワインにしちゃおっかなー」

「有紗、私たちは未成年。駄目ですよ。私たちはこっち」



 ソフトドリンクのメニューを見て、有紗は「ちぇ」と拗ねて見せる。

 そして二人が頼んだ飲み物が運ばれてくると、



「それでは、乾杯しましょうか」



 二人はソフトドリンクを注がれたワイングラスを持ち上げる。

 同じグラスにしてくれたのは、雰囲気が雰囲気だからだろうか、それともウェイターの男性が気を気かせてくれたのか、それはわからない。

 ただ一緒の飲み物を飲んでいるようで、優斗も少しだけ嬉しく感じる。



「ああ、そうだね。それじゃあ──」


「「「乾杯」」」



 グラスを合わせると、良い響きの音が生まれる。


 子供がはしゃいでる声や、カップルが囁き合う声、それに老年夫婦がゆったりと話し合う声。

 様々な声は互いが互いに耳に入らないように、優斗ら三人にも、他の者の声は聞こえない。

 まるで三人でいるような、そんな気分になれた。



「ユウさん、今日は誘ってくれてありがとうございます。私、今日の事は絶対に忘れません」

「別に気にしないで。正直なとこ、こんなの俺の柄じゃないかなって思ってたんだよ」

「あー、それはあたしも思うかな。ユウくんって、こんな風にムードとか気にしないと思ったから」

「ははっ、そうだよね」

「ですが、こうして気にしてくれると、普段とは違ったユウさんを見れて嬉しいですね。違う一面? そんな感じを見れて嬉しいです」



 他愛もない話が進む。

 花火大会が始まるまで後30分ぐらいだろう。

 飲み物を楽しみ、軽く出された食事を楽しむ。


 だけど始まる前に、優斗はどうしても聞きたかった。



「二人に聞きたい事があるんだけど、いい?」



 二人は首を傾げる。



「はい、どうぞ」

「今の空気なら、何でも答えちゃうよー」



 二人は楽しそうに笑う。

 だから優斗も、気にせず聞いてみた。



「──なんで二人は、俺の事を好きなの?」



 その言葉は優斗がどうしても聞きたかったことだ。


 優斗だって馬鹿じゃない。

 二人が自分を好きになってくれてることは理解している。

 過去の二人がどんな人生を歩み、どんな傷を負ったのか。その双子ならではの苦しみを、優斗は知らず知らずの内に救ったことは聞いた。

 けれどそれだけで、こんな華の女子高生が、二人揃ってただのサラリーマンを好きになってくれるとは思えない。


 だから聞いた。

 これからも二人と付き合っていくなら、聞かないといけない事だと思ったから。



「……えっ、と……」

「それは、その……」



 二人はあからさまに困り顔を浮かべる。

 聞いてほしくなかったのだろうか、三人の間で沈黙が流れる。



「いや、やっぱりいいよ」



 花火大会が始まる前に、こんな気まずいムードでは楽しめない、優斗はそう思い聞くのを止めた。

 だが恵令奈は首を横に振った。



「いえ、大丈夫です。お話しますね」



 恵令奈はそう言い、有紗を見る。

 有紗は頷くと、二人は手に持つグラスを置いた。



「ユウさんは、私たちを救っただけじゃなく──私と有紗を本来の双子の形に戻してくれたんです。だから、好きになったんです」

「えっ?」

「あたしたちの関係を修復してくれたから、本気で……顔も、名前も、年齢も、何も知らないユウくんを、二人揃って好きになったんだよ」



 そして、



「いつか言わないとと思ってました」

「ずっと、ユウくんと会ったら言おうねって話してたの」



 二人は優斗を見て──ありがとう、と感謝の気持ちを伝えた。

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