第29話 初めてした喧嘩の意味 2


「ありがとう……?」



 優斗は感謝の気持ちを伝えられ、首を傾げる。



「はい。ユウさんにずっと……会えたら絶対に、伝えようって二人で思ってたんです」



 恵令奈はそう言い、隣に座る有紗を見つめる。

 そして優斗と恵令奈の視線を向けられた有紗は、苦笑いを浮かべる。



「意味わかんないよね。だけどね、ユウくんは恵令奈とあたしの仲を、知らないうちに繋げたんだよ。ぶっつり切れてた、双子の仲をね」



 今までの話では、優斗がしたのは恵令奈と有紗、それぞれの互いに感じていた劣等感や不満を、知らぬ間に癒やしていたということ。


 だけどそれは、何も狙った事ではない。


 チャットをしていて優斗が思った事を、ただ単純に、ゲームを通して伝えただけ。

 それが二人を救った。だけど思い出しても、仲が悪かった二人の間を取り持った覚えはない。


 そして思い出したのは、ゲーム内で片方ずつしか感じられなかった日々の中で、1日1日、エリサというキャラが交互に代わり始めた日の事だった。



「たしか、エリサの中の人が代わったのって……」

「私が塾の合宿の一週間後の事ですね」



 恵令奈は言う。

 そう、エリサの中に恵令奈と有紗を交互に感じられたのは、初めて有紗が現れてから一週間後の事だった。











 ♦










 ──恵令奈は塾の合宿から戻ると、すぐに部屋へと向かった。

 長い長い一週間という合宿にて、パソコンを操作しなかった彼女は、すぐに【エンドレス・オンライン】を起動して、顔も知らない彼に会いに行った。



『ユウさん!』



 内心では不安で一杯だった。

 一週間もログインしていなかったら、もしかしたら彼は、このゲームを辞めてしまってるのではないかと。

 でも、彼はそこにいた。

 いつもと変わらず、待ち合わせ場所となった始まりの街のベンチに。



『こんばんは、エリサ!』



 だが彼は、一週間もの長い間、会っていなかった事など感じさせないような、いつも通りの挨拶をした。


 ──おかえり、合宿はどうだった?


 開口一番にそんな事を聞かれるかと思ったが、彼の挨拶はどこかいつも通りで、恵令奈はパソコンの前で首を傾げた。



『もう、ユウさん。おかえりって言ってくださいよ』



 子供が拗ねたようなチャットを送ると、すぐに返事が届いた。



『え? うん、おかえり!』



 何かおかしい。

 恵令奈はすぐにそう感じた。

 だけど何がおかしいかなんてわからない。

 一週間も会ってなかったのが少し寂しいと思うのは、自分だけなのだろうか。


 そんな風に、ふと感じた。


 だけどすぐに、彼のいつも通りの態度の意味を知った。



「これ……」



 エンドレス・オンラインには、過去3日間でフレンドとしたチャット履歴を見る事ができる。

 そしてそのチャット履歴を見て、恵令奈は寒気がした。


 そこに残されていたのは、彼が自分ではない自分と、楽しそうにチャットをする履歴だった。

 学校の終わる17時から、夜の寝る23時近くまで、ずっと行われていたチャットは、随分と楽しそうに残されていた。


 自分じゃない。

 これは自分じゃない。


 恵令奈は考え、この自分ではないエリサが誰なのかをすぐに理解した。



「……有紗」



 拳を握り、普段の大人しい彼女からは想像もできない苛立ちを露わにした表情を浮かべる。


 そして、ふう、とゆっくり息を吐き。



『ごめんなさい、今日は用事があるので、ログアウトしますね』



 恵令奈は返事も聞かずにログアウトした。

 今のままでは、楽しい彼とのやり取りに集中できないし、楽しむ事なんてできない。


 シャットダウンしたパソコンの真っ暗な画面に映る自分の顔を見て、ゾッとする。



「私……こんな表情ができるのですね」



 まるで好きな相手に誰か他の女がちょっかいを出して嫉妬するような、恋する乙女のような、そんな女の表情。

 その初めて見る自分の表情に驚いた時、家の中に明るい声が響いた。



「ただいまー!」



 普段は無視するような声も、今だけは苛立ちしか感じられない。

 恵令奈は立ち上がり、部屋の扉を開ける。

 そして階段を上ってくる彼女を見下ろして、冷たい声を発した。



「話があります」



 それだけを伝えると、有紗はこうなる事を予期していたのか、彼女はこちらを睨み付けていた。



「うん、あたしも話がある」



 久しぶりの会話は、どこか他人で他人のような、冷たい感じだった。


 まだ両親は仕事で帰宅しておらず、家には恵令奈と有紗の二人しかいない。

 そして部屋へ入ると、恵令奈はパソコンの前の椅子に座り、有紗はベッドに座る。



「何か、私に謝りたい事はありますか?」



 睨み付けながらそう伝えると、有紗は馬鹿にするように、鼻で笑った。



「あー、もうバレたんだ。なんかチャットの履歴を見る方法とかあるわけ?」

「3日間だけチャット履歴は残るんです。そんなのも知らずに、勝手に私のパソコンを使ったんですか?」

「私の? あんた、それ買った時にパパとママに言われたでしょ? それは、あんたとあたしの二人で使いなさいって。……いつ、あんたのモノになったわけ?」



 たしかに、これは恵令奈だけのモノではない。

 最初に欲しいと両親に言ったのは恵令奈だが、両親は有紗にもねだられると思い、二人で使いなさい、と言った。

 だが二人の仲が悪いのを知らない両親の言葉であって、有紗が恵令奈の部屋に入り、パソコンを使うわけがない。


 なので有紗は適当に流した。

 使わない、とは言わなくても、恵令奈は有紗がパソコンを使うとは思わなかった。

 だから、



「使わないでしょ、普通。有紗がこの部屋に入るのが嫌なのも知ってますから」

「あっそ」

「別に使うなとは言いません。ただ勝手に……ゲームをしないでと言いたいのです」



 遠回しにそこまで伝えると、有紗はわざとらしく笑う。



「あー、あの何もしないゲームの事?」

「……何もしないわけではないです」

「ファンタジーゲームで何処も行かないでベンチに座ってるだけのゲーム、何もしないゲームじゃない」

「……」

「というか、はっきり言えば? ゲームをするな、じゃなくて、自分の大切な彼と勝手に会話すんなって事でしょ?」



 はっきりと言われ、恵令奈は恥ずかしそうに頬を赤く染め、俯くように頷く。

 好き、とはっきり第三者に言われて恥ずかしい。それが、恋する乙女の反応なのかもしれない。

 だが、



「……チッ」



 その反応がかんに障るのか、有紗から舌打ちが聞こえた。



「あんたでも、そういう顔すんだ」

「……何が言いたいんですか?」

「別に。ねえ、あんたってアイツの事が好きなわけ?」

「ユウさん、ですか?」

「そう、ユウくん」



 その言葉を聞いて、恵令奈は浮かれた表情から戻し、拳を握った。


 自分だけを見てくれた大切な相手の事を、有紗は「ユウくん」と、くん付けで呼んだのが気に食わなかった。

 他者から見れば、たったそれだけの事でも、恵令奈には凄く羨ましかったのだ。



「ええ、好きですが?」



 だからはっきりと答えた。

 それに対して、有紗は笑うわけでも、呆れるわけでもなく、ただただ、恵令奈をジッと睨み付けた。



「顔も知らないくせに。ただのゲームでよく話すだけの相手でしょ? おっさんだったらどうするわけ? イケメンじゃなかったらどうするわけ? 会ってみて、ソイツがタイプじゃなかったらどうするわけ?」



 これが普通の考えかもしれない。

 だけどこの問いに、恵令奈は迷わず答えられた。



「別に会わなくてもいいです。こうしてゲーム内で話せれば、それで十分です」

「……あっそ。じゃあ、ユウくんに会おうって言われたらどうするわけ?」



 だがこの問いには、すぐには答えられなかった。



「もし会えないなら、チャットなんてしないって言われたらどうするわけ?」

「それは……」

「向こうだって、このまま顔も声も知らない相手と何年もやり取りするつもりなんてないでしょ。いつか会いたいって言ってくるか、去っていくに決まってんじゃん。そんな相手になに恋してるわけ? ばっかじゃないの!?」



 そう吐き捨てた言葉は、他の者から見れば、おかしな相手に恋した双子の姉を心配した言葉だが、双子だから本当の意味をわかる。

 これは有紗が心配してる言葉ではなく──。



「……羨ましいのですか?」

「──ッ!?」



 いつもいつも、生まれた時から恵令奈が有紗に抱いていた気持ち。


 嫉妬──羨ましいのだろう。


 有紗がどうして彼とやり取りしようと思ったのかは、恵令奈にはわからない。ただ一週間も続き、決まった時間に長々とやり取りしてたということは、有紗も彼とのやり取りが好きだったのだろう。

 チャットの履歴を見てはいないが、それだけは理解できた。

 

 すると、ここまで平常心を保っていたであろう有紗は立ち上がり、感情をぶつけるように怒鳴りつけた。



「──バ、バカにしないでよ! あんたはいつもいつも……出来損ないのあたしをバカにして!」

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