第30話 いつかきっと……


 ♦





「──バ、バカにしないでよ! あんたはいつもいつも……出来損ないのあたしをバカにして!」



 気付くと有紗は立ち上がり怒鳴っていた。

 今まで何があっても恵令奈に声を荒げた事はない。

 いくら優秀な恵令奈が憎くても。

 いくら劣等感に苛まれたとしても。

 どんな事があっても有紗は、彼女に面と向かって何かを伝えた事はなかった。

 それは思った事を口にしたら、自分の事が彼女よりも劣ってる事を自覚させられ、嫌になるからだ。


 だけど今回だけは黙っていられなかった。



「……あんたは、いいわよね。生まれた時から何でもできる優秀ちゃんで! どうせ、あんたにあたしの苦しさなんて理解できないんでしょ!?」



 口にすれば、自分が優秀じゃないのを自覚させられる。



「ママもパパも、親戚もクラスの連中も、みーんな良い子のあんたばっか見て!」



 口にすれば、誰も自分を見てくれないのを自覚させられる。



「今まで好きなモノ、なんでも与えてもらったんでしょ!? 何もかも恵まれてるあんたは、あたしが欲しがったモノ全部もらったんでしょ!?」



 口にすれば、どんなに自分が弱く、醜い感情の持ち主なのかを自覚させられる。



「だったら……」



 一つだけ。



「だったら……!」



 恵令奈が手にして、有紗が欲しい存在を、貰ってもいいじゃないか。



「……ユウくんだけは、ちょうだいよ!」



 どんな顔をしてるのかは知らない。

 どんな声をしてるのかも知らない。

 何もかも知らない相手だけど、恵令奈が欲しがった存在を、有紗は欲しい。


 これは恋だろうか?

 それは有紗にはわからない。


 違うとも、そうだとも、はっきり言えない。

 だけど欲しい。恵令奈が欲してる存在を、自分をちゃんと見てくれる存在を。


 歪んだ感情をぶつけた有紗は涙を流した。

 そんな自分を、椅子に座る恵令奈は口を半開きにして放心状態のようだった。



「なん、ですか……?」



 だがすぐに口を動かして、拳を握り──恵令奈も初めて、有紗に対して怒ってみせた。



「私のどこが恵まれてるというんですか!? 私が何でも与えられてる? それは有紗ではないですか!?」



 恵令奈が大声を出して何かを主張するのは初めてだった。



「学校でも、家でも、いつもいつも好き勝手して!

私がどれだけ我慢してきたか……私がどれだけ、あなたが羨ましかったか」

「そ、そんなの」

「優秀だから羨ましい? 良い子ちゃんだから羨ましい? だったら……だったら、こんな私の人生、あげますよ! こんなつまらない人生、あげますよ!」



 その代わり、と恵令奈は伝えた。

 そんな彼女の瞳からは、有紗同様に涙が流れていた。



「ユウさんだけは、あげません……ユウさんは、私の人生で初めて、ちゃんと私を見てくれた大切な方なんですから」









 ♦







「──という事があったのです」



 二人は昔を懐かしむように──というよりも──黒歴史を吐き出すように、恥ずかしそうに笑いながら語ってくれた。



「えっと……」



 困惑してる優斗に、二人は目を見て伝えてくる。



「それから二人で話し合って、ユウさんとのやり取りを交代交代でしようと決めたんです」

「そうそう、まあ、どっちも譲る気持ちはなかったからね」



 二人は笑っていた。

 それらは愛の告白でもあったと優斗は思う。


 ──だけど同時に、人生経験を少しだけ二人よりも積んでる優斗は、彼女らの恋心が誤りだと実感した。


 二人が優斗に抱く感情は、まるで両親が双子の片方にオモチャを与え、それをもう片方がねだるような、そんな嫉妬心からくるモノだと思う。

 だからきっと二人は、互いのそれぞれ良い部分や違いを見出した優斗に、他とは違う何かを感じ、それを失いたくないと思い、それが恋心だと錯覚してしまったのだろう。


 だけどその誤りを、優斗は二人に伝えられなかった。

 なにせ、



「なのでユウさんには感謝してるんです。互いに関わらないようにしていた私と有紗の関係を、ユウさんは繋げてくれたんですから」

「ユウくんの事であたしたち、会話する事が増えたんだよ。たぶん、あの日がなかったら、あたしたち、話さないままだったと思う……まあ、喧嘩する事も多くなったけどね」



 それでも、優斗が二人の間を取り持ち、繋ぎ合わせてくれたと、二人は嬉しそうに伝えてくれた。


 そんな笑顔を見せられたから、優斗は本当の事を伝えられなかった。



「そっか……」



 そんな時だった。


 ──ドオン!


 と、窓の外から花火が打ち上げる。

 二人の視線は優斗から花火へ移り、綺麗な表情が、更に輝きを増した。



「うわあ、見てください、綺麗ですよ!」

「あたし、この高さから花火見たの初めてかも!」



 二人は花火を指差しながら伝えてくる。

 だけど優斗の視線は、様々な色に輝く花火なんかよりも、綺麗に映る二人に奪われていた。



「ほんと、綺麗だね……」



 二人が自分に向ける好意の、その本当の理由を知って、少しだけ落胆する。

 けれどこれが現実、これが恋愛だ。

 元より高校生相手なのだから、難しかったのかもしれない。それに、まだ顔を合わせて1ヶ月ほどしか経っていないのだから、好意を貰える方がおかしいのかもしれない。



「二人とも」



 偽りだとしても、二人から好意を抱かれるのは嬉しい。けれど双子である二人のどちらかを選ぶ事は、優斗にはできない。

 二人ともそれぞれ違う魅力はあるけれど、それはきっと、二人揃って生まれる輝きだ。


 だからここで優斗が二人の内どちらかを選べば、どちらかの輝きは増すかもしれないが、どちらかの輝きは失われるだろう。


 それに今の二人には、本当の恋を知ってほしい。

 劣等感や、妬みや嫉妬から生まれた恋心ではなく、心の底から芽生えた恋心を。


 そして優斗は二人に伝える。



「これからも、よろしくね」



 すると二人は、頬を赤く染めながら優斗に笑顔を向けた。



「はい、こちらこそよろしくお願いします。私の──」

「うん、ずっと側にいるからね。あたしの──」


「「婚約者様!」」



 二人はそう、幸せそうな笑顔を浮かべた。


 いつまで続くか、どんな結末に至るのかわからない二人との恋愛は、これから始まるのだった──。

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ゲーム内で結婚した相手は双子の女子高生で、リアルでも俺に結婚を迫ってくる 柊咲 @ooka

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