第17話 双子に挟まれて
──次の日から、有紗から届くメッセージの量は確実に増えていた。
ユウくん、今ね、数学の授業中だよ!
ユウくん、今日のお弁当はね、あたしが作ってみたの。すっごく美味しいよ! ユウくんと一緒に食べたいなー!
ユウくん、あのねあのね!
──ユウくん、ユウくん、ユウくん!
数分に一回のペースで送られてくるメッセージに、優斗は戸惑っていた。
最近の高校生なら、これぐらいのやり取りは普通なのかもしれない。だが普段から存在意義の無いスマートフォンを持つ優斗からしてみれば、こんなに多くメッセージを送ってくるのは普通ではないと思う。
それに今までは、学校の休み時間では絶対にメッセージを送ってこなかった有紗なのに、今日は授業中でも、休み時間でも、メッセージを送るようになってきた。
学校の友達とちゃんと話せているのだろうか?
そんな疑問を持つが、そこは有紗なので、上手くやっているのだろう。
こちらの仕事が邪魔にならないよう『忙しくないときに返事してくれたらいいからね』というのを添えてくれるので、優斗としても、このメッセージのやり取りは一切の負担にはならない。
それに少しだけ、甘えたがりな実家のネコに似ていて可愛いと感じる。
──けれど、優斗が有紗と頻繁にメッセージのやり取りをすることによって、もう一人の彼女は、少し不機嫌になっていた。
仕事から帰りエンドレス・オンラインにログインすると、いつも待っているベンチに、エリサがいた。
『学校おつかれさま』
『ユウさんも、お仕事おつかれさまでした』
優斗のキャラを隣に座らせると、すぐにエリサ──恵令奈からチャットが届く。
『……ユウさん、今日はずっと有紗とメッセージしてたみたいですね』
『えっ、なんで?』
『有紗から聞きました。ずっとメッセージのやり取りしてると』
『まあ、それは……』
『有紗が102件、私が47件。倍以上も有紗の方がやり取りしてます』
──細かい!
メッセージのやり取りを数えてることにも驚くが、有紗がメッセージの件数を数え教えてることにも驚く。
とはいえ、優斗からしてみれば、恵令奈との47件も異常な数字なのだが……。
『えっと、怒ってたり……?』
『……どっちだと思いますか?』
文字から伝わってくるのに、どこか上から見下ろされ、睨み付けられてるような気分になる。
あの綺麗で大人っぽい恵令奈に見下ろされるなら……。
そんな馬鹿なことを考えて、すぐに首を振りキーボードを入力する。
『……怒ってる?』
『質問に質問で返すのは、なんとやらですよ』
『……怒ってると、思います』
どちらが年上なのかわからないが、正直に答える。
『……少ししか怒ってないです。それよりも私は、ユウさんのお仕事に影響はないのかなと、心配してるんです。大丈夫ですか? 私たち迷惑をかけてませんか?』
『それは大丈夫だよ! 仕事の空いてるときに返事したり、俺は短い文章だからね。まあ、仕事中に長文は書けないから。それで問題ないなら、二人とのメッセージのやり取りは楽しいから大丈夫だよ』
『二人との……そうですか。でも、気付いてます?』
『ん?』
『ゲーム内では二人っきり。有紗もまだ、部活で忙しいでしょうしね。二人っきり、ですよ?』
なぜ二回言うのか。
ただ、その言葉を聞いてみて、妙に意識してしまう。
ここでは恵令奈と二人。
ゲーム内ではあるが、確かに今は有紗とのメッセージはしていない。
それに有紗は、俺と恵令奈がゲームをしてるときはいつも、メッセージでのやり取りは控えてくれる。
『そうだね』
『はい。邪魔者はいません』
『邪魔者って、双子だよね……?』
『はい、邪魔者です!』
『恐ろしい……』
『ふふ、有紗が部活から帰るまで、私がユウさんを独占します。あっ、そうです』
『どうかしたの?』
『──あの日の最後、私がしたキスの感想を聞いてもいいですか?』
優斗はそのチャットを見て固まった。
急に何を言ってるのか、優斗は返事に困る。
すると、恵令奈から続けてチャットが届く。
『あら、もしかして……また顔を真っ赤にしてます?』
優斗は慌てて返事をする。
『そんなことない』
文章にすれば平常心を装っているが、その文章を打ち込んだ優斗の顔は、恵令奈の言う通り真っ赤だった。
『ふふ、図星ですね。私にはわかるんですよ』
『そんなわけないだろ。それじゃあ、恵令奈だって顔を真っ赤にしてるんじゃないのか、前みたいにさ』
『……どっちだと思います?』
『真っ赤になってると思う』
『ええ、正解です。ユウさんの唇の感触と驚いた息遣いを思い出して、顔を真っ赤にさせてます!』
『やっぱり、言わなくていいです!』
言われたら言われたで恥ずかしい。
彼女が今、どんな表情をしてるのか知りたいが、きっと、言葉通りに恥ずかしがってるのだろう。
そんなことを考えてると、優斗も自然と意識してしまう。
『ユウさんは、どうでした? 私の、ファーストキスの感触は……?』
『別に』
『まあ! 女子高生が意を決して自分からしたのに、別に、で終わらせるつもりですか? ヒドい大人ですね』
さすがにそれは自分でも最低だと思う。かといって感想といえば、考えつくのは一言しかない。
『……良かったよ』
変態みたいに正直に伝えると、動揺してないのか、すぐに返事が来る。
『NANIWOITTERUNDESUKA!?』
いや、動揺してるらしい。
『ローマ字打ちになってるよ? 珍しいね、そんな間違いするなんて。動揺してるの?』
『違います! 動揺なんてしてません! 急にキーボードが壊れたんです!!』
『へえー、急にキーボードが壊れたんだー。随分とタイミング良くキーボードが壊れるんですねー』
『なんですか、本当ですよ!? もしかして信じてないんですか!?』
『別にー。動揺してるのを隠そうと慌てて返事しようとして、だけど動揺しちゃって、ローマ字打ちになってるのに気付かなかったなんて、俺は思ってないよー?』
『そう思ってるんじゃないですか!』
顔も声もないのに、不思議と恵令奈の反応がわかってしまう。
──ピコン!
そんな時、ふとスマートフォンが音を鳴らす。
画面を見ると、有紗からのメッセージだった。
『部活終わったー! 疲れた!』
優斗は『お疲れ様』とだけ返事する。
『うん、お疲れ様だった! もしかして今、恵令奈とゲーム中?』
『そうだよ。だから後で返事するね』
三人の中での優先順位は、ゲームが上で、メッセージが下だった。なのでいつも、ゲーム内でどちらかとやり取りしてるとき、二人は絶対にメッセージのやり取りをしてこなかった。
だが、今日の有紗はいつもと違った。
『ふーん、じゃあ、電話していい?』
「えっ?」
声を出して驚くのと同時、スマートフォンには有紗からの着信が入る。
『ユウさん、どうかしたんですか?』
パソコンの画面には、返事が遅い優斗を心配してチャットが送られてくる。
スマートフォンの通話をスピーカー音にして、優斗はキーボードを入力する。
「いま恵令奈とゲーム中なんだけど、どうかしたの?」
有紗へ声で伝えて、
『ううん、大丈夫。なんでもないよ!』
恵令奈へ文字で伝える。
器用に二つのことを行える自分に素直に驚く。
だが二人の反応は、優斗の異変にすぐ気付いた。
『特にないよ。ただ、恵令奈とのやり取りを邪魔したいなーって思ったの』
『ユウさん、もしかしてですけど、有紗ともやり取りしてます?』
優斗は電話とチャットで返事する。
「えっと、できれば後がいいかなって。ほら、ゲーム内でのやり取りが優先って話しだったでしょ?」
『んー、そうだけどさ、恵令奈とやり取りしてるとき、あたしは放置じゃん。それ、やっぱ嫌かなって』
「いや、だけど……」
『あっ、そうそう、今度の休日デートのことなんだけどね──』
『たぶん、ありさはまだぶかつちゅうじゃないかな!』
『……急に漢字変換しなくなりましたね。有紗との電話に意識がいって、私とのやり取りは疎かになってるんですか?』
『そ、そんなことないよ! ちゃんと変身してるだろ?』
『……何に変身するんですか? どう変身するんですか? そこんところ、詳しく聞いてもいいですか?』
二人とのやり取りで頭がおかしくなりそうだが、返事はちゃんとしていた。
勘弁してくれ。
そう思っても、二人の中で何かに火が付いたのか、暴走はまだまだ続いていた。
『ははっ、ほらユウくん。恵令奈とのやり取りよりも、あたしとの電話に集中して。ユウくんの声、もっと聞きたいなー』
『ユウさん! 今は私とのやり取りに集中してください! 私はもっと、ユウさんと前にしたデートの話をしたいんです!』
『ユウくーん』
『ユウさん!』
「……勘弁してくれ」
ため息混じりの言葉。
だけど嫌な気分にはなれない。
むしろ双子の女子高生に言い寄られてるようで、不思議な幸福感に誘われていた。
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