第18話 有紗とプールデート 1
──朝の9時から30分ほど前。
優斗は待ち合わせでよく使われる札幌駅にて、そわそわと周囲を、そして時折スマートフォンに目を向けていた。
今日が日曜日ということもあり、スーツ姿のサラリーマンよりかは、私服姿の学生らしき通行人が多く感じる。
そんな待ち合わせ場所で、優斗は彼女を待っていた。
「──ユウくん!」
周囲の人々の視線が、大声で名前を呼ぶ彼女に向けられる。
明るい茶色の巻き髪を右肩から垂らし、右手にはピンク色のシュシュを付ける。服装はラフで、意味はあるのか疑問な英語のシャツに、ショートパンツ。
手には小物などが入れられる手提げの鞄を持っている。
露出の多い服装を着た有紗は、こちらへと走りながら、手を大きく振っていた。
「お・ま・た・せーっ!」
「うわっ!?」
近くまで走ってくると、有紗はそのままの勢いで優斗の腕を組む。
柔らかい胸の感触と、猫のように頬ずりされ、優斗は慌てふためき、有紗は幸せそうな表情をする。
「有紗、周りの視線!」
「ん、えー、別にいいじゃん、周りなんてさ。それよりどしたの? 待ち合わせ時間より、30分も早いよね?」
「それは、まあ……」
「ふふーん、もしかして……」
何かに気付いたのか、有紗はニヤリと悪い笑みを浮かべる。
「あたしとのデートが楽しみすぎて、早く来ちゃったとか?」
「……そんなわけないだろ」
「えー、ほんとに? じゃあ、なんで早く待ち合わせ場所に居たの? それに、待ち合わせ場所に到着してから、ずっとそわそわしてたよね?」
「見てたのか?」
「ばっちりと!」
「……はあ」
優斗は盛大にため息を漏らす。
有紗の言うように、緊張から少し早く来てしまったのは事実だ。
有紗とのデートが、楽しみなのも事実だ。
だけど、それは優斗だけではなく彼女もであろう。
「早く来た俺と同じ時間に、というより、俺がここに到着するのを知ってるってことは、有紗もずっとここにいたってことだよな?」
「えっ、それは……あはは」
「有紗だって、楽しまで早く来たんじゃないのか?」
ジーッとした視線を向けると、有紗は顔を赤く染め、俯いて小さな声を漏らす。
「だって……」
「ん?」
有紗はバッと勢いよく顔を上げると、少し涙目になって訴えてくる。
「……だって、楽しみだったんだもん! 男の人とデートとか、ましてや二人っきりなんて初めてで、それにプランだってあたしが決めていいって言うから、どんなのがいいかな、どんなことしたら喜んでくれるかな、って考えてたら、楽しみで楽しみで、いつもより早く起きちゃったの!」
「あ、えっと……」
「待ち合わせ場所に着いたのだって、ユウくんが来るよりも30分前だったんだよ! ユウくんまだかなーって、髪とか化粧とか、変になってないかなーって、そんなことばっか考えてて、それでユウくんの姿を見たらもう──」
「あ、有紗、わかった、わかったから! 周りの視線……」
「えっ……?」
訴えに熱が入った有紗を止める。
彼女はキョロキョロと周囲を見渡すと、二人には大勢からの視線に向けられた。
「また、やっちゃった……」
「とりあえず、行こうか。ここに居ても変な目で見られちゃうから。電車でいいんだよね?」
「うん、そうだよ……あっ」
有紗は熱が入ったら周りを見れなくなるタイプなのかもしれない。最初に恵令奈と有紗と会った時にも似たことがあったと思い、優斗は有紗の手を握って改札口へ向かう。
「ほら、急いで……って、何でそんな笑顔なの?」
後ろを見ると、顔を俯かせた有紗が笑ってるように見えた。
「みんなに見られて嬉しかった、とか?」
「違うよ。別で、嬉しいことがあったの!」
「なんだそれ」
「いいから、ほら、早く行こう!」
覆うように握った手を、有紗は指と指を絡めた恋人繋ぎに変えて、笑顔で目的地へと走り出した。
♦
「じゃじゃーん!」
「ここは……」
電車に乗り、バスに乗り、優斗が連れて来られたのは、某人気大型プール場だった。
「へへっ、ここ行きたかったんだよね」
「プールって、俺何も持ってきてないぞ?」
「大丈夫、大丈夫。貸出あるから。ほら、行こう」
家族連れや学生たち、カップルで賑わうプール場。
誰もが一度は行ったことがあろうこの場所に、優斗は初めて足を踏み入れた。
「なんか、ホテルみたいだな」
受付をする入口には、プール場とは思えないようなピッシリとした服装の従業員が多い。
「だけど、プール場に行ったら水着姿の人しかいないよ。ほら、受付しちゃお。そこでユウくんは水着、借りれるから」
「うん。って、俺だけ?」
「ん? そだよ。だって、ほら」
有紗は手に持っていたバッグをこちらへ見せる。
「自分は持ってきたのか」
「まあねー、ささっ、細かいことは気にしないで早く受付しちゃお」
優斗には内緒で、自分は水着を持ってきたのだろう。
二人は受付を済ませる。
「それじゃあ、着替え終わったら入口のとこで待っててね」
「ああ、わかったよ」
有紗は手を振ると、女性更衣室へと向かっていった。
優斗は見送り、男性更衣室でレンタルの水着に着替える。
「……こんなことなら、もう少しダイエットしてれば良かった」
デスクワークではない歩き回る営業の仕事をしてる為、そこまで太ってはいないが、若干だがお腹周りがプニプニしてるのが目立つ。
筋肉も、そこまで無い。
こんな体たらくな体を見せることになるプールへ来ると知らされていたら、きっと、優斗は嫌がっただろう。
「そうさせないように、とか?」
水着を着替え、ロッカーの鍵を手首に付けてため息をつく。
前に恵令奈に止められたが、毎日のように缶ビールを飲んでいた生活がたたったのだろう。
そして待ち合わせ場所らしき建物とプール場を隔てる入口に来ると、優斗は口を開け驚く。
「これは、凄いな……」
大型プール場ということもあり、人の多さよりも、種類の違ったプールの大きさに驚いてしまう。
「プールなんて、何年ぶりだろう」
会社の付き合いで海には来るが、プールに行く回数は限りなく無くなった。
大人になったらプールへ行かなくなるのは、おそらく、優斗が友達がいないからではないだろう。
「有紗、遅いな」
水着の貸出や、準備に時間がかかった。
それでも、元から水着を持ってきていた有紗はまだ来ない。
その間も、周囲からは家族の笑い声や、学生たちの楽しむ声、カップルの囁き合う声が聞こえる。
優斗は近くにいた一組のカップルに目を向ける。
「──お待たせ」
「ああ、待ったよ。水着、似合ってんじゃん」
「ほんと? うれしい! たっくんの筋肉も、めっちゃいいね」
そんなイチャイチャしたカップルのやり取りを横目にため息を付く。
カップルなら、あのやり取りは普通なのだろう。互いを褒め合い、そのままプールへ向かっていく。
そしてまた、優斗はため息をつく。
そんな時だった──。
「──お・ま・た・せっ!」
再び間隔を空けた有紗の声が聞こえた。
振り返ろうとすると、彼女はすぐ隣にいた。
「えっ、あ、うん……」
有紗の姿を見て、優斗は口ごもる。
決して派手な色合いではない純白の水着は、少し日に焼けた有紗の肌に合っていて魅力的に感じる。
そして豊満な胸元には、嫌でも視線がいってしまう。
「ああっ! あたしの胸を見てるしょ?」
慌てて視線を背けると、クスクス笑われた。
「……別に。似合ってるね、水着」
先程のカップルよりかはおぼつかない褒め言葉だが、ちゃんと言えた。
「ほんと? ……良かった。ユウくんは……」
そう言うと、有紗は優斗を下から上へ観察するように見ると、
「……なんか、中年男性っぽいね」
と、笑ってみせた。
「おい!」
「ウソウソ、似合ってるよ、ポッコリお腹」
有紗の細長い指が、優斗のお腹に溜まった無駄な肉を摘まむ。
「前もってここに来るってわかってたなら、ダイエットしてたよ」
「それって、あたしにカッコいい姿を見せる為に?」
「そういうわけじゃない、けど……」
「ふふ、でもあたしは、このまんまでいいじゃんて思うよ。お腹、柔らかいの好きだしさ」
有紗は優斗の腕をホールドしながら、自分の胸を押し当て、お腹をプニプニと掴む。
「……地獄みたいだ」
「んん、何が地獄なのさ……?」
ムスッとした有紗。
女性慣れしていない優斗にとって、これほどまでの誘惑に堪えられるわけがない。
だから地獄。天国にも似た、地獄なのだ。
「ふーん、そういうこと」
顔を赤くさせた優斗を上目遣いで見つめる有紗は、唇の端を吊り上げて笑う。
「鼻の下を伸ばしながら、地獄なんだね、ユウくん……?」
「そういうわけじゃない。というか、腕を組むのは止めないか」
「いいじゃん、こうした方が小声でも相手の話が聞けて」
「小声で話さなくてもいいんじゃないのか」
「ふふ、まあまあ、後にわかるって」
不適な笑みを浮かべた有紗。だが不意に、何かを思い出したように問いかけてくる。
「そうそう、スマホはちゃんとロッカーに置いてきた?」
「もちろん、水で濡れたら困るからね」
「そう、じゃあ、恵令奈に邪魔されないね」
スマートフォンには恵令奈からのメッセージは届いていた。けれど、ここではメッセージの返事はできない。
仲が良いのか悪いのかわからない言い草に、本当に双子なのか? と思ってしまう。
「──夜まで、二人っきりだね、ユウくん……?」
「ッ!?」
優斗の胸元を指で撫でた有紗は、魅惑的な笑みを漏らす。
この態度を見れば、恵令奈と有紗が双子だとわかる。
前のデートで恵令奈にも感じた、捕食者が獲物を狙うかのような表情を、今の有紗も浮かべているのだ。
女子高生ながらも微かに感じる大人の魅力。
優斗はゴクリと唾を飲むと、有紗は元の元気一杯な少女のような笑顔を浮かべ、
「それじゃあ、行こっ!」
「あっ、有紗、引っ張るなって!」
優斗の腕を引っ張り、二人はプールへと向かった。
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