第19話 有紗とプールデート 2


 優斗が最後に遊んだプールといえば、体育のプール授業だろう。

 それも、中学生までのだ。

 そこまで好きではなかったし、泳げるタイプでもない。



「ユウくん、次こっちこっち!」

「あっ、走ったら危ないぞ」



 有紗は大型プール場を走り、次へ次へと、別の種類のプール施設へと優斗を誘う。

 決して泳ぐわけでもなく、少し温い水の中を、二人は歩いたり、流されたりする。

 一人だと面白くないことでも、有紗がいれば、充実した休日だといえる。



「ユウくん、次はどこに行こうか?」



 いくつもある施設で滞在するのは、もって10分程度だろう。有紗は飽きっぽいのか、少し遊ぶと、次のプールへと向かおうとする。



「次か……」



 優斗はとある人集りが生まれた施設に目を向ける。



「あれ、行ってみないか?」

「あれ、って……?」



 二人が目を向けたのは、長い順番待ちの列ができてる施設。

 高々とした場所から滑る、ウォータースライダーだろう。

 それを見た有紗は、水で艶がかってる髪を触り、



「……あれは、ちょっと」



 テンション低く、曖昧な返事をする。



「どうかしたのか?」

「う、ううん、ただ、その……そう、順番待ちって、あたし苦手なの!」



 確かにかなりの行列が生まれていた。

 だが、少し前に遊んだ波の流れるプールにだって、それなりの行列はあったはずだ。


 優斗は不思議に思い考える。


 すると、有紗は慌てた様子で優斗の腕を引っ張る。



「だ、だからね、ほら、行こっ! まだ他にも行ってない施設だってあるでしょ!」



 強引ともいえる行動。

 全ての施設を制覇する勢いの有紗が、こんなに別なところに行きたがるなんて珍しい。


 もしかして、



「……怖いのか?」

「ッ!?」



 ビクッと肩が震える。

 そして振り返った彼女は、ぎこちない笑顔を浮かべる。



「そ、そんなわけないじゃん。ウォータースライダーなんて、別に絶叫系とかじゃないしさ……」

「……ふーん」



 優斗はこの反応を見て気付く。



「よし、あれに乗ろう。高い所から滑ったら気持ちよさそうだしな」

「え、ええー?」



 明らかに嫌そうな表情を浮かべる有紗。

 先程まで強引に連れ回された鬱憤というよりも、仕返しをしようと優斗は思ったのだ。



「俺はあれに乗りたいんだ。行こうよ」

「いやいや、あれはいいの。ほか……ほかの場所に行きたい!」



 別の施設に向かおうとする有紗と、ウォータースライダーへ向かおうとする優斗。

 子供の引っ張り合いにも似た雰囲気に、周囲からの視線を感じる。


 なので優斗は、煽るように有紗に伝える。



「やっぱり怖いんだな。まだまだ有紗も子供だな」

「なっ、子供じゃないもん!」

「じゃあ、俺の行きたいあれに、一緒に乗ってくれるよな?」



 ウォータースライダーを指差すと、はっきりと有紗が唾を飲む音が聞こえた。



「……いいよ」



 観念したのか、有紗は小さく答える。



「その代わり、ユウくんの言うこと聞くんだから、ユウくんもあたしの言うこと、なんでも一つ聞いてよね」

「えっ、なんでそうなるんだ?」

「いいから。一つ、言うこと聞いてね!」



 圧をかけるような言葉に、優斗はコクリと頷く。



「じゃあ、いいよ。……はい」



 有紗は左手を前に出す。



「はいって?」

「連れて行って」

「は?」

「手を繋いで連れて行って。疲れたの」



 先程まで騒いでいた者とは思えない態度に、優斗は恥ずかしさから迷う。

 だが、有紗は左手を前へ出したまま動こうとしない。



「わかったよ」



 優斗が先に折れ、小さな手を握ると、



「やった!」



 有紗はぴょんと跳ねてから優斗の隣を歩く。



「元気なんじゃないか」

「元気じゃないよー。手を繋いでくれないと、ヘトヘトで倒れちゃいそうだもん」

「まさか……」



 そう思って有紗の顔を見ると、ウォータースライダーに目を向けた彼女の表情は少し強張っていた。


 二人は行列に並ぶ。

 その間も、疲れたと言う有紗の手を優斗は握っていた。



「はあ……嫌だな」

「心の声が漏れてるぞ?」

「嘘、全然、余裕だよ」

「それが嘘だろ?」

「もう、違うって──」


「──有紗?」



 ふと、後ろから有紗を呼ぶ声がした。

 彼女は後ろを振り返ると、同年代であろう二人組みの女の子が有紗を見つめていた。

 その姿を見た有紗は、目を丸くさせ、驚いているようだった。



「えっと……」

「あー、隣のクラスだからわからないよね。体育の合同授業とかで顔合わせてるんだけどさ」

「あっ、そうだったね……。二人も、ここ来てたんだ」

「まあ、人気だしね」



 有紗は笑うと、二人組みも笑う。

 だが有紗の笑顔は、明らかに困っているようで、愛想笑いだと見てわかる。


 気まずい空気に、隣に立つ優斗も少し気まずい表情を出してしまった。


 そんな二人組みは、優斗をチラリと見て、手を上げる。



「あっ、ごめんごめん。邪魔しちゃって。んじゃ、わたしら別のとこ行くから」

「そ、それじゃあね」

「……うん、じゃあ」



 行列の中間まで進んでいたのに、二人組みは離れていった。

 有紗はテンション低く、優斗を見て、えへへと苦笑いを浮かべる。



「あれに乗るのは後にして、そろそろ、お昼にしよっか……」

「……うん」



 有紗の表情を見て無理に誘う気にはなれない。

 手を握りながら前を歩く彼女。

 沈黙が生まれ、二人はフードコードエリアへ向かった。



「有紗、何か買ってくるよ」

「あっ、あたしも行くよ」

「別にいいのに」

「いいの。ユウくん一人に行ってもらうの、悪いしさ」



 気を使って買い出しに行こうとしたのだが、有紗は走って付いて来る。

 二人は一番人気だと思えるフードコードエリアの屋台に並ぶと、先程の二人組みが目に入った。



「──ねえねえ、さっきの有紗と腕組んでたのさ、明らか高校生じゃなくない?」

「あー、私も思った。社会人だよね、あれ?」



 優斗と有紗と、あの女子高生二人の距離は離れているものの、声が大きく、会話はここまで聞こえる。

 そして有紗は、ずっと俯いていた。



「てかさ。有紗、前に2組の男子に告られてなかった?」

「あー、たしかOKしなかったって話だよ。もしかして、さっきの男がいるから振ったとか?」

「まさかでしょ。あんな地味な男、あの有紗のタイプじゃないって。どうせ、あれもただのキープでしょ。有紗って見た目からして遊んでそうだし、男なんて他にもいるでしょ」

「キープだからそれなりに金持ってる大人……まっ、ぽいよね。双子の恵令奈と違って、有紗って遊びまくってるって噂だしね」

「まあ、あんな優等生の双子を持ったら、そりゃあ、グレたくなる気持ちもわかるけどねー。でも、バレバレなんだよね、あの子」

「対抗意識ってやつ?」

「そうそう。勉強じゃあ恵令奈に勝てないから、周りからの人気で対抗しようと派手な見た目にしてさ。──まあ、恵令奈よりは人気だろうけど、軽い男たちからはさ」

「ははっ、言えてる言えてる」



 進んでいく列。

 聞きたくない会話。

 有紗と繋いでる手に、力が入ってるのがわかる。

 明るく元気な有紗は、下唇を噛んで、俯いたままだ。



「……ご飯、いらない」



 消え入りそうな声を漏らした有紗は、手を離して、俯いたまま列から抜ける。



「……有紗」

「……ごめん。ほんと、ごめんね」

「有紗が謝る必要は無いよ」

「ユウくんのこと、バカにされたのに、怒れなかった。ごめん。ほんと、ごめん」



 有紗は謝るばかりで、こちらに顔を向けてはくれない。だけどわかる。前を歩く彼女の目蓋からは、涙が無数に地面へとこぼれ落ちてるのが。


 彼女が学校でどんな学生生活を送ってるのかは、優斗にはわからない。けれど、今の二人組みの話を聞いて、有紗の反応を見て、なんとなくでは察することができた。

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