第16話 有紗からのお誘い


 ──ユウくん、今さ、恵令奈と会ってるの?


 スマートフォンに表示されたメッセージを見て、優斗は額から謎の汗が流れるのを感じた。


 差出人は有紗。


 そして今日、恵令奈が自宅へ来ることは、彼女のお願いで有紗には秘密にしている。


 口止めしておきながら自分から教えた、というのはおかしい。もし自分から言うのであれば、わざわざ口止めなんてしない。それひ恵令奈はそんな無駄なことはしないはずだ。


 じゃあなぜ、有紗が知ってるんだ?


 どうすればいいのかわからない返事に困っていると、すぐにまた、有紗からメッセージが届いた。



『恵令奈から聞いたの。だから話して』



 なんだ恵令奈からか、とメッセージに安堵することができない。

 普段の有紗から届くメッセージは『!』が多い。

 感情表現を多くしたいのだろう。

 だからこのメッセージは、有紗の感情が全く読めない。


 少し怖い。

 そう思ってしまう。


 恵令奈に聞いてみるか、と悩んでいると再び。



『返事できないってことは、恵令奈に口止めされてるの?』



 ギクッとなる。

 有紗からのメッセージが止まらない。

 それはきっと、優斗がメッセージを確認して『既読』の表示にしてるからだろう。

 既読スルー、そんな言葉がある。

 無視するのは良くない。それに有紗なら、恵令奈が危惧していた両親に秘密にしたい、という気持ちを汲んでくれるだろう。



『恵令奈が、両親に不安をかけたくないって。だから有紗にも内緒にしてたんだ』



 正直に伝えた。



『……ママとパパに知られたくない、ねえ。ふーん、そう』



 何か言いたげなメッセージに、優斗は慌てて返事をする。



『でも、有紗を信じてなかったわけじゃないと思うんだ。きっと有紗に、両親に内緒にしてもらうのが心苦しかったんだと思うんだよ』



 もしかしたら有紗が口を滑らせてしまうかもしれないと思ってのことだろう。



『うん、そうだね。そういうことにしておくね』



 ホッと肩を撫で下ろしたとき、優斗は自宅へと戻ってきていた。

 暗い部屋で明かりのスイッチを探す。


 ──ピコン!


 スマートフォンが着信音を鳴らして、部屋が少しだけ明るくなる。

 スイッチに手をかけたまま、優斗は画面を見て固まった。



『自宅デートかあ。ユウさん、恵令奈とエッチなことしちゃったの?』



 そんな唐突なメッセージを見て、固まっていた優斗は慌ててスマートフォンに文字を入力した。



『何を言ってるの!? そんなことしてないよ!?』



 な、ななな、何を言ってるの!?

 言葉にしていれば、そう言っていただろう。

 けれどこれは文章であって、発したらやり直しのできない会話ではない。

 書いては消してを繰り返し動揺は隠して送ったメッセージだから、おそらく問題は無いはず。だが、



『!マーク増えてる。動揺してる?』



 自分でも確かにと思ってしまう。



『いや、そういうわけじゃない! そんなことしてないよって強く伝えたかったんだよ!』

『ふーん、怪しいー。男女二人が同じ部屋で、料理を作ってもらって、そこから何も無かったの?』

『当たり前だろ!? だって、恵令奈は高校生だぞ!』

『高校生じゃなかったら、してたってこと?』



 再びギクッとなる。

 確かにそういう気分になったのは否めない。それは恵令奈が綺麗で、色気があったからだ。

 けれどそこだけは自制した。

 なにせ彼女は高校生。それに付き合ってるわけではないのだから。



「キスされて、好きって、言われたけど……」



 乙女のような顔で、乙女のような声量で、優斗はボソッと呟く。

 カーテンで閉められてない窓に、自分の赤く染まった恥ずかしい顔が映る。

 慌ててカーテンを閉めると、優斗はソファーへ横になる。



『高校生じゃなくても、してないよ』

『へえー。怪しいー。そんな空気になったんじゃないのかなー?』

『なってません。普通にご飯を作ってもらって、一緒に食べて、少しくつろいでただけだよ』

『少しくつろいで、しちゃったのかなあー?』



 そこを突っ込むなよ、とため息を漏らす。



『世間話してただけ。怪しいと思うなら恵令奈に聞いていいよ』

『もし仮にしてたとして、恵令奈に聞いて教えてくれると思う? あのお堅い恵令奈がさ』

『まあ、言わないと思う。……というか、お堅いって思うなら、それこそ無いんじゃないの? まだ会って二回目だぞ?』

『んー、どうだろ。案外、恵令奈みたいな子の方が、積極的なんじゃないかな?』



 それは無いでしょ。という言葉がすぐに返せない。

 なぜなら、ずっと感じていた恵令奈の印象は、会ってみて、少しだけ大人っぽく感じたからだ。


 腕を組んで歩いたり、あなたと呼んでからかってみせたり、ボディタッチが多かったり。

 それらの行為はネットで調べた事を実践しただけだったが、それでも、有紗が言うように積極的なのは認める。


 けれど、



『恵令奈は、しっかりしてるから大丈夫だと思うよ』



 一つ一つに恥ずかしさを見せる恵令奈は、そういうところはちゃんとしてるはずだと思う。

 それが優斗の考えで、優斗の意見だった。



『ふーん』



 有紗からは短い文が返ってきた。

 機嫌が悪い、というのは短いからなのかわからないけど、そう感じられた。



『じゃあ、あたしは? エッチなこと、してると思う?』



 その質問に戸惑いがあった。

 恵令奈と違い、有紗は派手な印象がある。

 客観的に見れば、遊んでると思う者は多いだろう。


 だが、優斗はそれなりに有紗の中身を知ってるつもりだ。



『有紗は明るくて可愛いから、してたとしてもおかしくないと思うかな。それはもちろん、モテるって意味でだよ』

『うん』

『だけど好きな相手と、ちゃんとしてるんだと思ってる』

『遊んでない、って意味?』

『そうだよ。有紗とチャットしてても、しっかりした女性だって俺はわかってるつもりだから』

『そっか』



 有紗からは、また短い返答が届く。

 そして次の返事が来ると、そこには電話番号と、



『……電話して?』



 というメッセージだった。

 電話で答える、ということだろうか。


 だが声にして答えられると、優斗としては動揺してるのがバレてしまうから拒みたかった。



『このままじゃあ、駄目か?』

『ダメ。してくれないと、恵令奈と自宅でいかがわしいことしてたって、ママとパパにちくるよ?』



 優斗はそのメッセージを見て、すぐさま送られた電話番号に電話をかけた。


 プル──。



『ふふ、効果抜群だった?』



 1コール前に電話を取った有紗から上機嫌な声が聞こえる。



「ズルいぞ。というより、何もしてないからな……?」

『だって、そうでもしないと、ユウくん電話してくれないでしょ?』

「まあね」

『やっぱり。……それで、聞きたい?』

「べ、べつに!」

『ああっ、また動揺してるー。ふふん。気になるんでしょ?』



 声色からこっちの気持ちを見透かすように、スマートフォンの先で有紗が笑ってるのがわかる。



「……経験ないんだろ、そう言うってことはさ」



 気持ちを読み取られて、優斗は反抗するように言ってしまった。


 ──あるよ。


 そう言われたらどう返事をしよう、という気持ちになるが、



『……正解だよ』

「えっ……?」



 明るい声で返ってきた言葉に、優斗は間抜けな声で返す。



『だから、まだ誰とも経験無いし、付き合った人もいないよ。というより、好きになった人は、これまでで一人しかいないからね』

「……別に、付き合った人がいるかいないかは言わなくて良かったのに」

『まあ、ユウくんにはさ、ちゃんと知っててほしかったんだよね。あたしがまだ誰ともそういう関係になってないってこととか、遊んでない一途なとことか。……誰も知らないこと、ユウくんには知ってほしかったの。ねっ?』



 耳元で囁かれる有紗の言葉に、顔が見えないのに、ゾクッとするものがあった。



「そ、そっか。うん……」

『それじゃあ! あたしが教えたんだから、次はユウくんが教えてくれる番だよね?』

「えっ、なんで俺まで……!?」

『もちろんでしょ? もしかして、女のあたしにだけ恥ずかしいこと言わせておいて、大人で男性のユウくんは内緒にするつもりなの?』



 そこまで言われてしまうと隠すのは駄目だろう。



「まあ、無いよ。童貞だし、付き合った経験もないし」



 なぜ自分は女子高生を相手に、こんな恥ずかしい残念話をしてるのだろうか。

 そんな優斗の疑問と悲しい気持ちとは裏腹に、電話口の相手は上機嫌だった。



『えへ、無いんだ。ふーん、そうなんだー!』

「バ、バカにしてるのか!?」

『ふふん、別にー? じゃあ、好きな人とかはいたの?』

「まあ、それはいたかな。もう忘れたけど」



 薄々気付いていたが、有紗は恵令奈と違い恋バナが大好きだ。

 きっと、そういう話を学校での友人としてるのだろう。



『じゃあ、あたしもユウくんも、まだそういう経験はないってことだね。お揃い、だね?』

「お揃いって、なんだよそれ」



 なぜか笑ってしまう。



『えー、だってそうじゃん。付き合ったこともないし──あっ、じゃあキスもまだなの?』

「──ッ!?」



 唐突な質問に、優斗は言葉にならない声を発してしまった。

 キスはある。ついさっき、双子の彼女にされた。

 それが初めてであることは、なぜか有紗に言うのは躊躇われる。


 慌てて無いことを伝えようとするが、電話口の先からは、先程まで明るかった有紗の声が低く届いた。



『……あるんだ』



 真夏から真冬へ急に変化したような、そんな感じの声に優斗の動揺が隠せなくなる。



「いや、その……」

『いつ? いつしたの?』

「それは、たしか、その……」

『誰としたの?』

「えっと、その……」

『──もしかして、さっきとか?』

「……そんなわけ」

『さっき、恵令奈にされたんだ?』



 否定する前に、有紗から断言されてしまう。



『……やっぱ、積極的だね』

「いや、どうかな……。ははっ」

『……ズルいよ』

「え?」



 何て言ったか聞き取れないほどの小さな声。

 聞き返すと、今度ははっきりとした声をかけられる。



『ユウくん、あたしともデートしよ。もちろん二人で』

「え、なんで急に……?」

『したいから。いいよね? 恵令奈と二人でデートしたのに、あたしとはイヤとか、そんなヒドいこと言わないよね?』

「……まあ、うん」

『じゃあ決まりね』



 有紗は最後に、先程までの不機嫌な声色を戻して、嬉しそうな声で『楽しみにしててね。恵令奈とのデートよりも』と告げた。

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