第3話 伝えるべき言葉


 優斗のキーボードを打つ手が止まった。

 冷や汗が流れ、エリサの頭上の文字を見つめる。


 ──現実で、ユウくんに会いたいの!


 それはエリサとゲーム内で出会ってからの一年間、お互いに口にしなかった言葉だった。



『ユウくん?』



 返事がこないのを気にしてか、エリサから続けてチャットが届く。

 そこで動揺していた心を我に戻し、優斗はキーボードに手を伸ばす。



『なんで会うんだ?』



 そんな言葉を返すのが精一杯だった。

 このままゲーム内だけの関係でいい、そう思っていた優斗。

 それはおそらく、エリサもだったはず。


 ──なのにどうして?


 すると、返事がすぐに来た。



『会って話したいことがあるの』

『会う必要なんてないだろ。チャットで聞くよ。今までそうだっただろ?』

『チャットじゃなくて、会って話したいの……ダメ?』



 駄目だ!

 そう言ってしまえば話は終わりだ。

 ユウさんと呼ぶエリサも、ユウくんと呼ぶエリサも、聞き分けのないタイプではない。

 こっちが嫌がることを、絶対にしてこない。


 なのに駄目だと言えない。


 それにどうしてか、今まで文字だったエリサのチャットが、はっきりとした声として感じられてしまう。



『一回だけでいいの。一回だけ会って、ちゃんと言葉で伝えたいことがあるの!』



 女の子の声で、言われたように感じた。

 きっと会うかもしれないと思って、意識してしまったのだろう。

 勝手に脳内で変換してしまった、エリサを──彼女を。



『会わなくても、いいじゃないか』



 優斗は理解していた。

 会えばきっと、悩みや愚痴、いろんな話をできるエリサとの関係が終わってしまうことを。

 

 それは当然だろう──。


 もしエリサが本当に女子高校生なら、優斗と会ってはいけない。

 それは社会的な問題だけではなく、男と女としてもだ。


 自分の顔はそこまで悪くないと思う。

 だが、とりわけ凄く良いわけでもない。


 ガッカリされるのではないか?

 想像とは違う優斗なのではないか?


 そんなことばかりを考えてしまう。

 それにエリサの見た目を見て、優斗自身の心にも変化があってしまうのではないか不安になる。


 結局のところ、会ってしまえば絶対にこの関係は変わってしまう。崩壊だって、あるかもしれない。


 それなのに──



『私も、会いたいです』



 優斗が様々な憶測の考えをしていると、エリサから言葉を告げられた。


『あたしは』

 ではなく、

『私も』

 ということは、会いたいというのは、エリサの中にいる二人の考えなのだろう。


 その言葉を受けて、優斗はため息をつく。

 エリサから『会いたい』と伝えられた時点で、今までのゲーム内で話せる関係には戻れなかったのかもしれない。

 片方がそう思ってしまい、片方が断れば、自ずと変化してしまう。


 優斗はキーボードを打つ。



『わかった。日時と場所は、任せるよ』



 エリサは優斗の仕事がいつ休みなのかを、なんとなくではあるが知っている。なので日時と場所を向こうに任せた。


 そして優斗は、いつもより早くログアウトした。











 ♦











「──ユウくん、ログアウトしたよ。恵令奈えれな

「──私たちもログアウトしましょうか、有紗ありさ



 椅子に座ってパソコンの電源を落とした有紗は、隣に立つ恵令奈に伝える。

 同じ学校の制服を着る二人は、同時にため息をつく。



「本当に、これで良かったわけ?」

「……何がです?」

「いや、ユウくんに会いたいって伝えてさ」

「有紗だって、ユウさんに会いたいって言ってたではないですか」

「まあ、そうだけどさ……。でもユウくん、乗り気じゃなかったよね。あたしたちと会いたくないんじゃないのかな」

「……」



 有紗の言葉に、恵令奈は黙ってベッドに座る。


 里峰恵令奈と里峰有紗は双子の姉妹で、今年で17才になる女子高校生だ。

 双子とあって、二人の顔立ちは似ている。

 どちらも整った顔付きで、美少女と呼ぶに相応しい見た目だろう。


 ──けれど雰囲気は真逆だった。


 椅子に座って長いため息をつく有紗。

 明るい茶髪を右肩から垂らしてシュシュでまとめた髪型に、大人っぽい化粧や派手な装飾品を付けて、全体的に明るい雰囲気を感じさせる。


 反対にベッドに座る恵令奈。

 傷みのない黒髪を腰まで伸ばし、大きな瞳の左下には色気のある黒子ホクロがあり、理知的で真面目な雰囲気を感じさせる。


 同じ髪型や雰囲気をしていなければ、おそらく双子だとは気付かれないだろう。


 二人がいる部屋に流れる沈黙の中、椅子の上で膝を抱えた有紗が口を開く。



「……会いたいって思ってたのは、あたしたちだけだったのかな?」



 その言葉に、恵令奈は頷く。



「おそらく、そうだと思います。調べたら、オンラインゲームの基本として、現実で会うのはあまりよろしくないみたいですよ」

「……だけど、オフ会ってのをやってる人もいるんでしょ?」

「それは互いの素性を知っているか、会っても問題のない方々だと思いますよ。高校生である私や有紗と、社会人のユウさんは違いますから」

「社会人と高校生か……あたしは別に気にしないんだけどね、そういうの」

「ユウさんが気にするんだと思いますよ。それに顔を見合わせたら、今度からチャットのやり取りをするとき、相手の顔を思い出して嫌な意識をしてしまいますからね」

「まあ、そうだよね……」



 有紗は再びため息をつく。

 だけどすぐに笑った。



「だけどさ、もう誘っちゃったんだから、考えても仕方ないよね!」



 有紗の表情を見て、恵令奈も控え目な笑顔を浮かべる。



「ええ、そうですね。それにこのまま会わなければ、いつまでも前へ進めませんから」

「そうそう。それに……」



 有紗は急に顔を赤く染めて、



「結婚しよう、って……直接、言ってほしいし」



 恥ずかしそうに抱えた膝に顔を埋める。

 その反応に、恵令奈は口元に手を当てクスッと笑う。



「ユウさんは、ゲーム上のシステムだけの関係で言ったのだと思いますけど?」

「それでも! ……それでも、嬉しいじゃん。そ、それに、恵令奈だってユウくんに言われたとき、嬉しそうだったでしょ。リビングにいたあたしに、猛ダッシュで報告しに来てさ」



 ポーカーフェイスにも似た恵令奈の整った表情が崩れ、慌てて否定する。



「それはっ! ……まあ、嬉しかったですよ。何十万人もいるゲームの世界で、私を選んでくれたことが」

「あたしと一緒じゃん」

「ユウさんに言われたことを教えたら、すぐに私と代わってと言った有紗とは違います」

「恵令奈だけ言われるのズルいからでしょ。ゲームする日の順番が逆だったら、あたしが最初に言ってもらえたのに!」

「ふふん、運も私を応援してくれたのですよ」



 笑い合う二人。

 だが、ふと有紗の表情が暗くなる。



「それにさ」



 そして有紗は、机の上に飾られた家族写真を手に取った。



「会ってみてこれから先、もしユウくんと話せなくなったとしても……ちゃんと、伝えないとダメだよね、ありがとってさ」



 恵令奈は立ち上がり、有紗の手に持つ、ひび割れたケースに入った家族写真を見る。



「ええ、そうですね。それだけはちゃんと、画面越しではなく、声として伝えたいですね」


 

 恵令奈が言うと、有紗は頷き、家族写真を机の上に戻すのだった。

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