第12話 恵令奈と自宅デート 5


「お待たせしました!」



 達成感にも似た声を漏らす恵令奈は、料理が乗せられたお皿を二枚テーブルに置いた。

 声色は嬉しそうだったが、その表情は少し緊張しているように見える。



「オムライス?」

「……はい」



 お皿に乗せられたのは、少し不格好なオムライスだった。

 ケチャップライスを包んだ卵の生地は所々が破けていて、焦げた部分も目立つ。



「もっと手の込んだ料理を作りたいと考えてたのですが無理だと気付いて、じゃあ簡単な料理にしようと思って作ってみたのですが……それでも、ダメでした」



 地べたに座り込む恵令奈は、ため息をついて小さくなる。

 自分の中では自信が無いのだろう。

 その反応と、不器用な料理を見て、優斗は笑ってしまった。



「ユ、ユウさん……笑うなんて、ヒドいですよ」

「ごめんごめん、ただ、恵令奈にも苦手なことがあるんだって思って。食べてもいい?」



 恵令奈は悲しそうな表情を浮かべたまま、コクリと頷いた。

 優斗は「いただきます」と伝えて、ケチャップがかけられる前のオムライスを食べる。



「うん、美味しい」



 笑顔で伝えると、恵令奈は目を大きく見開く。



「えっ、でも……ちゃんと卵でくるめてないですし、それに、焦げちゃったとこもあって、見栄え、悪いですよね……?」

「それがいいんだよ。恵令奈が初めて作ってくれた感じがあってさ」



 分量はレシピを見て作ったので、味も悪くはない。

 それに見た目はあれだが、それが逆に、優斗にとっては丹誠込めて作られていて何よりも美味しく感じられた。

 優斗は食べる手を止めない。

 そんな姿を見て恵令奈は安心したのか、笑顔が戻った。



「良かった……あっ、ケチャップもちゃんと付けてくださいね」

「あ、そうだった」

「もう……あっ、そうです、私がケチャップで何か描いてあげます」



 ふふん、と鼻を鳴らす恵令奈はケチャップでオムライスに絵を描いていく。



「できました!」



 できたと言う恵令奈だが、優斗はその絵を見て、首を傾げた。



「……これ、なに?」

「えっ、何だと思います?」



 正体不明な動物の絵を見て、優斗は答えに困った。

 丸い輪郭に、耳が二つあって、目が丸い動物。

 オムライスに絵を描くとき、大抵の女性は、可愛いネコやイヌなんかを描くだろう。

 恵令奈の性格から考えても、その二択で間違いないはず。


 優斗は間違えないよう考え──。



「……ネコ!」



 そう答えた。

 だが、恵令奈は子供っぽく頬を膨らませた。



「違います!」



 どうやらイヌだったらしい。



「ああ、そっか。イヌね。うん、上手いね」



 だが、それも違ったようだった。



「もう、全然違いますよ! これは──パンダです!」



 その答えに優斗は固まる。

 まあ、見方によっては、丸々とした輪郭や目や耳はパンダにも見える。

 だがどうして、ここでパンダなのかはわからない。



「パンダ、好きなの……?」

「はい! 動物の中でパンダが一番好きです!」



 どうやら優斗の知らない一面があったらしい。



「パンダが好きなんて知らなかった。それに、こういうときって、イヌとかネコが定番だと思ったから、そっちを描くと思ってた」

「あー、そうですね。確かにイヌやネコちゃんを描くのが定番ですね」

「そうそう。ん、なんでネコだけちゃん付け?」

「なんとなくです。イヌちゃんは変ですけど、ネコちゃんは普通じゃないですか?」

「まあ、そうかも」



 そんなくだらない話をしていると、恵令奈はスプーンで一口サイズにオムライスを取ると、



「定番といえば……」



 クスッと、不適な笑みを浮かべ、恵令奈は手に持つスプーンを優斗へ近付ける。



「はい、あーん」

「えっ!?」



 慌てる優斗を見て、恵令奈はニコニコしながら首を傾げる。



「これも定番ですよね? あーん、ってするの」

「そ、それは、まあ……でも、普通に食べれるしさ」

「それでも、定番ですよ。やって損は無いと思います。はい、あーん」



 恥ずかしさから拒もうとするが、恵令奈は「あーん」と自ら口を開けて、誘惑するような瞳で見つめてくる。

 ここには二人以外に誰もいない。

 であれば、問題はないだろう……。

 優斗は差し出されたオムライスを口にする。



「ふふ、美味しいですか? 女子高生からあーんされて食べる手料理は?」

「……美味しい。けど、言い方」

「照れてますね、ユウさん」



 優斗の表情を見て満足気な表情を浮かべる恵令奈。

 その反応に、優斗は不機嫌そうにしながら、オムライスを一口サイズにして恵令奈へ向ける。



「はい、恵令奈」

「……ふえ?」



 間抜けな声を出した恵令奈は、スプーンに乗せられたオムライスを見て首を傾げる。



「そこまで言うなら、恵令奈は余裕なんだよね?」



 そう聞くと、明らかに挙動不審になった恵令奈は目をそらす。



「そ、そんなの、簡単ですよ。ただ、あーんって、ユウさんのを食べるだけですもん」

「じゃあ、はい……」

「い、いいですよ。はい、あーん」



 耳に黒髪をかけた恵令奈は口を開けて、差し出されたスプーンに顔を近付ける。

 あともう少し──。

 その瞬間、優斗はニヤリと笑い告げる。



「恵令奈のスプーンは口付けてなかったけど、俺のは口付けたから、間接キスかな?」

「──んん!?」



 ピタリと動きが止まった恵令奈。

 視線を泳がせた彼女の表情は、先程までよりオドオドしていた。



「早く食べなよ」

「……そ、それは、その」

「もしかして、照れてるの? 間接キスに反応するなんて、やっぱり恵令奈は子供だね」



 そんな言葉を投げかけると、恵令奈は顔を真っ赤にさせながら、



「子供じゃありません! こんなの、余裕ですから!」



 ムキになった恵令奈はスプーンに口を付ける。

 目蓋を閉じてどこか幸せそうな表情に、逆に優斗の方が恥ずかしくなってしまう。



「ふ、ふん……どうです、食べましたよ!」



 恵令奈はぷんぷんしながら、自分のスプーンでオムライスを食べ始める。

 これでこの子供じみた遊びも終わり。

 そう思った優斗だったが、恵令奈は再びオムライスの乗せられたスプーンを優斗へ向ける。



「……はい、今度はユウさんの番です」

「いや、もうさっきので終わっただろ?」

「いいえ、今度は私が口を付けた後に、ユウさんが私のスプーンで食べる番です。はい──あーん」



 恵令奈が口に付けたのを見たからなのか。

 それとも頬を赤く染めた彼女がするからなのか。

 優斗は少年のように動揺していた。



「あら、あらあら……照れてます? 大人のユウさんが、女子高生との間接キスで、照れてるんですか?」



 大人しそうで真面目そうという印象なんて間違いだったのかもしれない。

 スプーンを差し出して大人びた表情を浮かべる恵令奈からは、はっきりとSっ気な雰囲気が感じられた。


 だがこのままの流れで行けば、確実にこれから、優斗は恵令奈に対して強気になれない気がした。


 だから負けじと、その差し出された挑発を飲み込んだ。



「間接キス、ですね……?」



 うっとりするような笑みを浮かべた恵令奈。



「その幸せそうな表情は止めろ!」

「あら、だって幸せなんですもん。ユウさんの顔が恥ずかしそうになるの」



 ゲーム内から始まり、意を決して会ってみて、どんどん恵令奈の印象が変わっていく。

 どれが本当の恵令奈なのか?

 そう考えてしまうが、すぐにどの恵令奈も彼女本人なのだと結論付く。


 そしてその後も、優斗が仕返しとして食べさせると、恵令奈も食べさせてくる。

 そんなやり取りは、二人のお皿の上にあったオムライスが、全て相手が食べて無くなるまで続いた。









 ♦








 食事を終え少しゆっくりすると、時間は夜の21時近くになっていた。

 さすがにこれ以上はいれないと考え、優斗は恵令奈を見送りに、すぐ近くの駅まで一緒に来ていた。



「それじゃあ、気をつけてね」

「……はい」



 恵令奈は寂しそうな表情で改札口へと歩く。

 先程まで楽しそうだったのに、今はどこか悲しそうな背中に感じる。

 それを見て、優斗も寂しさを覚える。



「──ユウさん」



 だが、ふと恵令奈は振り返ると、こちらへと走ってくる。



「どう──」



 どうしたの?

 そう聞こうとしたが、不意に──開いた唇が閉ざされた。

 何が起きたのかわからない。

 ただ目の前には、ギュッと目蓋を閉じた恵令奈の表情と、震える唇の柔らかい感触だけがわかる。


 そして顔を離すと、恵令奈はにっこりと微笑む。



「お礼、と、宣言、です……!」

「え、えっと、なにに、というか、あの……」



 頭が真っ白になるほどの衝撃と動揺を受けた優斗がしどろもどろになっていると、恵令奈は満面の笑みで告げる。



「──私の人生を変えてくれたユウさんに、ありがとうございますの意味を込めて、初めてをあげます。それと……私は、ユウさんが好きです」

「いや、あの……ありがとう、ございます……?」



 訳も分からず礼を伝えると、恵令奈は可愛く頷いた。



「はい、どういたしまして! それじゃあ、おやすみなさい」



 それだけを伝えて走り去った恵令奈。

 改札を越えると、彼女は振り返り、控え目に手を振ってくる。

 その頬が、恵令奈が勇気を振り絞っていたのがわかるほどに、赤く染まっていた。



「え、なんで……?」



 恵令奈の姿が見えなくなっても、優斗はそこに呆然と立ち続けた。

 そして頭で考えるのは、二つのこと。


 なぜ、自分が彼女の人生を変えたのか。

 なぜ、自分が彼女に好きと言われているのか。


 その二つの疑問が頭の中でグルグルと駆け巡る。


 ──ピコン!


 だが不意に、スマートフォンが音を鳴らして、優斗の思考が現実に戻される。


 前回のように、恵令奈からの今日のお礼とかのメッセージだろうか?

 そう思うも、先程お礼は受けたはずだ。


 まだふわふわした気持ちの中、スマートフォンの画面に目をやる。



「……え?」



 その画面を見て驚きの声が漏れる。

 送信者の名前は、恵令奈ではなかった。



『……ユウくん、今さ、恵令奈と会ってるの?』

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