第22話 有紗とプールデート 5
「……本当に大丈夫?」
「……う、うん、平気平気! こんなの余裕……だし!」
丸い筒上のウォータースライダーをグルングルンと螺旋のように滑っていく為、その入口は、手摺り付きで下は金網の階段を上ったずっと上にある。
ビルで表現するなら、三階建ての屋上くらいだろう。
そんな入口へ向かう中、優斗の腕を有紗はギュッと掴み、顔を強張らせていた。
「ユ、ユウくんは、平気なの……?」
「俺は、まあ……有紗って、高い所が苦手なんだね」
「……平気……やっぱダメ。高いとこ、ダメなの。下見たら、ううっ、ってなるの」
言いながら下を見た有紗は、すぐさま目蓋を閉じて空を見上げる。
「見なければいいのに」
「説明しようとして見ちゃった。ユウくん、まだ着かないの?」
「もう少しだね。ほら、前に進むよ」
「ううぅ、なんでこんな、下が見える構造にしたのよ!」
確かに足下も透けているし、手摺りも大人の頭までぐらいの高さしかない。
危ないとは思うが、待ち時間が長い事もあり、これも楽しませる一つの工夫なのかもしれない。
二人は列を進んでいく。
有紗の表情は強張ってるものの、先程までの悲しそうな表情はない。もう、すっかり元気になったのだろう。
そんな彼女を見て優斗が笑ってると、
「ちょ、ユウくん、なんで人の顔見て笑ってるの!?」
「いいや、なんでもないよ。あっ、そろそろみたいだよ」
ぷんぷんと頬を膨らませる有紗に、優斗は前方を指差す。
そして二人の順番になると、ここで何時間も立って仕事をしていたであろう従業員の男性が、そう感じさせないほどのスマイルで出迎えてくれた。
「はーい、次の方、こちらへどうぞ」
そうして案内されたのは、ウォータースライダーの入口。
男性はそこに置かれた浮き輪を差し、
「別々で下りますか? それともお二人で下りますか?」
「えっ、二人って……」
大きさは普通で、何の変哲もない浮き輪。
二人ということは、優斗が後ろから有紗を抱きしめ下ることになるだろう。
優斗は唾を飲む。それを見て、有紗はニヤリと笑う。
「二人で下ります!」
宣誓するように、有紗は従業員に伝え、優斗を見る。
「もしかして、緊張してるの?」
「そ、そんなわけないだろ。ただ……」
「んー? ただ、なんですかー?」
「それは、その……」
「もしかして、あたしと肌を密着させるのが恥ずかしいとかですかー? んー? どうなんですー?」
「いや、まあ」
腕を組むのには今は慣れたが、それでも女性の体二触れるのに免疫がない優斗は恥ずかしい。
そんなやり取りをしてると、
「……早く乗れよ、クソバカップルが。ペッ!」
満面の笑みだった男性従業員が、地の底から声を発してるかのような低い声を漏らし、唾を地面に吐く。
そして二人が彼を見ると、
「ははっ、どうしますか?」
また満面の笑みに戻った。
「……二人で滑ろうか」
「う、うん、そうだね」
二人は何度も首を縦に振る。
おそらく従業員の男性は、ここで何十、何百と優斗と有紗のようなやり取りを目にしてきたのだろう。
こんなやり取りした客を相手にするのは嫌だな、と優斗は思い、そそくさと浮き輪に座る。
「じゃ、じゃあ、俺が下だよね」
「も、もちろん。浮き輪から落ちないように支えてもらわないとダメだもん」
優斗が浮き輪の穴にお尻を突っ込み、その上に有紗が座る。
華奢な体を後ろから支えるには、腹部に腕を回すしか方法はないだろう。
なので優斗は腕を──すると、
「キャ!?」
有紗は甲高い声を発すると、顔を赤くさせながら優斗を見る。
「こ、こここ、これ、恥ずかしい、かも……」
「そう、だね……嫌じゃない?」
「う、うん、ちょっと、変な気持ちになっちゃいそうだけど……」
「変な気持ち!?」
それはこっちのセリフなんだけど!? と優斗が大きな声を出すと、有紗は「う、うるさい、声デカい!」と腕をバシバシ叩く。
「……早く落としてやりてえ」
先程同様の声が、二人の背中から聞こえる。
そして浮き輪が前後に揺れ、
「はい、行きますよー。1、2の──さようなら!」
怨みの念を込めて力一杯に押されると、二人は洞窟にも似たウォータースライダーへ勢いよく落ちていく。
「キャアアアアアッッ!」
「ギャアアアアアッ!」
二人の絶叫が反響する。
有紗の髪が優斗の顔に触れ、水がビシャビシャと顔に当たる。
そして、落とさないように抱きしめていた腕の位置が、少しだけ腹部から上へと向かい、優斗の手のひらには何やら柔らかい感触を感じた。
「──ッ!?」
有紗は触られてるのを感じ、言葉にならない声を発する。
「ご、ごめん!」
慌てて手を離そうとするが、離せば有紗が落ちてしまう。
腹部に戻そうとしても、滑る勢いが強くて思うように動かせない。
そして有紗は、頬を真っ赤に染めた顔を優斗へと向け、
「ユウくんの……エッチ」
小さな声だが、はっきりと伝えた。
二人はそのままの姿勢で、最後の広いプール場へと落ちていった。
バシャアン! と水飛沫を上げ勢いよくプールに投げられた二人。
優斗は顔を拭き有紗を見ると、彼女は目を細めジッとこちらを見ていた。
「ご、ごめん、その……」
「ユウくんのエッチ。急に揉むなんて」
「そんなつもりはないんだ! 本当に、間違って!」
「……もう少しマシな言い訳はないんですかー? んー?」
近付いてくる有紗に困惑してると、有紗はクスッと吹き出す。
「もう、冗談、冗談だってば。支えてくれて、ありがと」
「う、うん、支えようとして……」
「それで? 揉んだ感想は?」
「──ッ!?」
慌てて下がると、有紗は後ろで手を組み、前屈みになって歩み寄ってくる。
「不可抗力だとしても、さすがに、感想を貰わないとね。んでんで、感想。どうだった?」
「そ、それは……言わない方が」
「ダメ。言わないと、怒るよ?」
怒られるような事をしたのだから、まあ。ただ、なぜ言ったら怒られないのか。
優斗は不思議に思っていたが、どうやら答えないと納得しないらしい。
優斗は頭を掻きながら、照れくさそうに、
「……柔らかかった、すごい」
感想を述べた。
すると、有紗は茹でタコのように顔を真っ赤にさせる。
「ちょ、柔らかかっただけでいいじゃん! なにその、すごい、って! 完全に不可抗力じゃなくて狙ってたように聞こえるんだけど!?」
「ほ、ほんとだって! 不可抗力なんだって。ただ、すごい柔らかかったんだよ」
「はうっ!? や、やっぱり、ユウくんはエッチ! ユウくんはエッチな大人だ!」
「違うって! というより、もう、声大きいってば! ほら周りに見られるから行くよ!」
そう言って逃げるように歩き出す優斗。
「あっ、待ってよ!」
後ろから追いかけてきた有紗は、何の躊躇もなく優斗の腕を組む。
柔らかい感触が胸に。何度か腕を組んで歩いていたが、今までよりも強く、押し当てられてるように感じた。
だけどそれを言えない。言えばきっと、有紗はまたエッチだと言われそうだからだ。
♦
「はあ、楽しかった。ねっ、ユウくん」
着替えを終えた優斗と有紗は、帰る為に駅へと歩いていた。
すっかり太陽は隠れ、空は暗く辺りの街灯が周囲を照らす。
「楽しかったけど、なんだか、どっと疲れた気分だよ」
「もー、それじゃあまるで、楽しくなかったみたいじゃん」
「そういうわけではないけどさ」
他愛もない会話をする二人。
そして二人の視界には、駅の明かりが見えた。
「もう、着いちゃった」
有紗は、まだ微かに濡れた髪を指先に絡めながら、悲しそうな声を漏らした。
「楽しい時間はあっという間だね」
「うん……はあ、明日も学校か」
「俺も仕事だよ。嫌だな。……というより、大丈夫だったの? 今日のあれ」
「あれ? あー、うん、大丈夫。むしろ良かったかなって」
「え?」
駅構内へと入る二人。
朝よりかは人通りは少ないものの、それでも多少はいる。
「だってさ、周りから彼氏いんのか聞かれるの、めんどくさかったもん。ユウくんが彼氏って噂が広まれば、あたしは楽かな」
「それは……」
有紗の言葉に優斗ははっきりと答えられない。
この二人の関係は、付き合ってるわけではない。
それを言おうかどうか迷っていると、有紗は組んでいた腕を離し、にっこりと微笑む。
「ユウくん真面目だから、そこから先は何も言わなくていいよ。ただ、あたしが勝手に思ってるだけだから」
「えっと」
「それより、ユウくん。ウォータースライダー乗るの頑張ったから、何でも言うこと聞いてくれるよね?」
「そういえば、そうだったね」
そんな約束もしてたなと優斗は思い出す。
そして有紗が乗る電車が来たことが、電光掲示板で知らされた。
「俺は何を聞けばいいのかな?」
「それはね……あっ、ユウくんの電車も、もう来るっぽいよ」
「えっ?」
優斗は電光掲示板へ目を向ける。
だが、まだ優斗の乗る電車は来ていない。
来てないじゃない、そう言おうとした──。
その瞬間、目の前に立つ彼女は背伸びをして、優斗の唇に自分の唇を重ねた。
「……ちゅ」
顔を真っ赤に染め、時間にして二秒ほど。
長くも短くも感じられる時間、されど、驚いていた優斗にはとても、短くあっという間に感じていた。
もっと、その柔らかい唇の感触を味わい、恥ずかしそうに目蓋をギュッと閉じる有紗の顔を、見ていたかったと思ってしまった。
そして唇を離した彼女は、えへへ、と笑って、
「あたしが高校を卒業するまで、付き合うの待っててあげてもいいよ。だからユウくんは、絶対にあたしを迎えに来て。それが、あたしのお願いね」
そのまま改札口へと走る。
改札口を通った有紗は手をぶんぶんと振って大声で伝える。
「このキスは、ユウくんがあたしの胸をもみもみしたのと同じで不可抗力だから! ユウくんが何でも一つお願い聞いてくれるって権利とは違うから! だから、さっきのお願いは、ずーっと有効だからね! 破ったらダメだからねー! バイバイ!」
そう言って走っていく有紗。
残された優斗は一人、周囲からの視線を浴びながら呆然とその場に立ちすくんでいた。
やはり双子なのか、優斗は駅構内で、双子のどちらともとキスをした。
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