第13話 比較しないで
「──ふんふんふーん!」
夜道を歩きながら、恵令奈は上機嫌に鼻歌を口ずさむ。
──今日は楽しかった。
普段とは違った積極的で、誰にも見せたことのない自分だったけど、彼はそんな恵令奈を見て、色々な表情を見せてくれた。
それが嬉しくて、楽しくて、幸せで──。
「もっと、好きになりそうです……」
つい本音を漏らしてしまった恵令奈だったが、自宅の前に到着すると大きく深呼吸して、いつもの恵令奈に戻る。
そして扉を開け、控え目な声で。
「……ただいま」
家族へというよりも、自分自身に言う。
そんな囁くような声量でも、普段の恵令奈を知る両親は気付き、リビングから「おかえり」と言ってくれた。
恵令奈は今日の楽しかった話を両親に教えるわけでもなく、そのまま二階へと向かう。
トン、トン、トン。
階段を上がっていく恵令奈──だが、その足がふと止まる。
「……おかえり」
ムスッとした表情の有紗が、階段の手すりから身を乗り出しこちらを見ている。
いや、若干だが毒気のある睨みにも感じる。
「……ただいま」
「……楽しかった? 体験版の恋愛映画は?」
その嫌味を含んだ言葉に表情が強張る。
有紗はもう、自分が何処へ行き、誰と会い、何をしていたのか知ってるのだろう。
どうしてか……。そう考えたが、すぐに気付き目蓋を閉じた笑顔を浮かべる。
「ええ、とっても」
「……あっそ」
「怒ってますか?」
「……別に」
怒ってるではないですか、なんて返答をしても、有紗の機嫌が直るわけでも良くなるわけでもない。
それに気付かれたのなら、こうなることは薄々だが感じていた。
「私のこと、嫌いになりました?」
そんな言葉を投げかけると、有紗は吹き出すように笑った。
「……ははっ、何それ? あたしが嫌いになるとこまでしちゃったわけ?」
「どうでしょうか。ご想像にお任せします」
笑顔で答える。
帰り際に唇を奪ったことは、なんとなくだが伏せておいた。
「まさか、恵令奈がそんな積極的だと思わなかったわー」
「あら、昔の私のままだと?」
「別に。ただ、まあ……いいんじゃない、それで」
有紗は長い髪をクルッとさせるように背中を向ける。
そして去り際。
彼女は恵令奈へと、不適な笑みを送った。
「遠慮したあたしがバカだっただけ。だけど、これであたしも積極的に動いていいよね?」
「……どうぞ」
「あと、そういえば」
有紗は最後に、
「ユウくんに、今までのこと、ありがとうって伝えられた……?」
その返答に、恵令奈は苦笑いを浮かべた。
「……一応は、ですけど。ただ、理由は二人で言おうとした時みたいに、ちゃんと言えなかったです」
「だよね。だってユウくん、あたしたちの人生を変えたって、まったく気付いてなさそうだったし。まあ、無自覚で助けてくれたんだろうけど……」
「ですね」
「まっ、もっと関係を深めてからでもいっか。んじゃ、おやすみ」
有紗は背中を向けたまま手を振ると、自室の扉を閉めた。
恵令奈も自室へと向かうと、ため息をつく。
「やっぱり、チャット履歴を見たんですね……」
エンドレス・オンラインにログインすると、チャット履歴を確認する。
3日間だけフレンド登録した相手とのチャットが残り、見ることのできるシステム。
通常のプレイヤーでは不要なそのシステムでも、この双子にとっては大切なシステムでもある。
そんなチャット履歴には、優斗と恵令奈が自宅デートについてのやり取りの履歴が残っていた。
画面を見る恵令奈は唇を指先で触れると、うっとりとした表情を浮かべた。
「──もう、良い子ちゃんは卒業したんですから」
恵令奈は幸せな気分を味わいながら、そのままベッドへ横になった。
思い出されるのは、つまらない過去の記憶だった。
♦
──真面目で、優等生で、大人しくて、手の掛からない出来た子供。
里峰恵令奈のことを指し示すとき、これらの言葉を良く使われる。
小学生の頃も、中学生の頃も、高校生の頃も。
ずっと、ずっとずっと、恵令奈はそう言われてきた。
それは成績優秀だからという理由もあるが、その他にも、容姿や性格も重なってだろう。
大和撫子を体現したような黒髪と整った顔付き。
誰にでも敬語を使い、人を穏やかな気持ちにさせてくれる笑顔。
別にそんなキャラになりたかったわけではない。ただ勝手に、周りがそう感じて、そう決め付けたのだ。
だが本当の自分がどんなキャラなのか、それを恵令奈は知らない。
なにせ両親は、こんな出来過ぎた自分を見て「このままでいて」と喜んでくれるのだから、変えられるわけもない。
──けれど。
このキャラを恵令奈は、一度だけ嫌になったことがあった。
それは中学生の頃だった。
反抗期や思春期の影響だろう。
門限を破って遊ぶ友達に憧れて。
夜遅くまで公園でだべる友達に憧れて。
授業中に騒いだり、宿題なんてサボったり。
──彼氏を作って、甘酸っぱい恋愛に憧れた。
だからちょっとだけ、作られたキャラクター像の道から外れたことをした。
両親に怒られるのも初めてだった。
少しだけ、その体験も嬉しく思った。
だが結果として、怒られることはなかった。
両親は恵令奈を見て──絶望したかのような表情を浮かべて泣いていた。
たった一回の冒険でそんな表情をされるのであれば、それはもう、恵令奈が作ってしまったキャラを変えることはできないことを意味していた。
このまま真面目な良い子ちゃんで……。
そういう生き方が、恵令奈には良かったのかもしれない。
──だが。
我慢しようと思っても、恵令奈の我慢を邪魔する存在がいた。
それは、双子の妹である里峰有紗だった。
彼女は恵令奈とは何もかも真逆な人物だった。
派手な髪色や装飾品を付け、いつも明るく不真面目で、勉強よりも友人との遊びを優先する有紗。
そんな双子の妹は、恵令奈が求めていたモノを全て持っていた。
しかも両親は、そんな有紗へ愛ある叱りを見せていた。
──恵令奈は真面目なのに。
──ちょっとは恵令奈を見習いなさい。
いつも引き合いに出される。
それは当然。自分の方が真面目で出来た子供なんだから。そう思った恵令奈だったが、両親は恵令奈よりも有紗を心配して、楽しそうに有紗のことを話す。
手の掛かる子供の方が可愛いのだと、頭の良い恵令奈はすぐに気付いた。
そしてそれは、両親だけではなく周囲の人間もだった。
クラスメートの友人たちは、頭の良い恵令奈には勉強のことでしか話しかけてこないが、明るくお馬鹿な有紗には、勉強のことではなく馬鹿話で盛り上がる。
クラスメートに囲まれる有紗と、教室の隅っこで一人教科書を開く恵令奈。
どちらの生き方が楽しいかなんて自分で決めること。
真面目な方が将来を考えれば良いに決まってる──そう、恵令奈は自分に言い聞かせて、このキャラを変えることはなかった。
有紗の人生に嫉妬していたけど、それに気付きたくなくて、自分に言い聞かせたんだ。
そうしているうちに、羨ましい気持ちが表に出て有紗との会話は減っていった。
互いに違う性格の二人。
それに双子ということだけで、周囲から比較されてるのを知っていた。
少しでも年が離れた姉妹であれば、二人を知る共通の知り合いなんてあまりいないから比較されることは少ない。だが同じ年齢である双子というだけで、小学校、中学校、もしかすると高校も同じ学校かもしれない。だから恵令奈と有紗の共通の知り合いは多かった。
クラスメートになれば、より深く比較される。
そうなれば、クラスメートはどちらを好むのか。
そんなの考えなくても決まっていた。暗い恵令奈よりも、明るい有紗の方が一緒にいて楽しいだろう。
──昔の恵令奈は、有紗が嫌いだった。
この関係性は変わらない。
この周囲の者たちが作り上げたキャラを、いまさら変えられない。変える方法を知らない。だから恵令奈はこのまま一人、真面目な人形のように生きようと思った。
家族からの愛情も、友人からの好意も、もしかしたら、好きになった相手だって有紗に向くかもしれない。
全て有紗に奪われたかのような錯覚に落ち、諦めにも似た気持ちが、恵令奈の中にはあった。
──何か一つでもいい、有紗ではなく恵令奈を好きになってほしい。
そんな想いが強くなっていた、ある日のこと。
恵令奈のつまらない人生を明るくさせる、とある
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