第11話 恵令奈と自宅デート 4
辺りが暗くなり、優斗と恵令奈はアパートの階段を上がっていく。
アパートに近付くにつれ、二人の表情は緊張からか、少し強張って、口数も少なくなっていた。
「……着いたよ」
優斗がそう言い、鞄から部屋の鍵を取り出す。
その鍵を見つめ、恵令奈は黙ってコクリと頷いた。
──ガチャ。
扉を開け玄関へ。
優斗は靴を脱いでリビングへと通じる廊下を歩く。
「……靴は、一つしかない」
「ん……?」
「あっ、いえ! なんでもないです。おじゃまします!」
恵令奈は玄関で優斗の靴しか置かれてないのを見ると、どこか安堵したような声を漏らす。
カチャ、と部屋のライトを付け、部屋へ入った恵令奈から、ゴクリと唾を飲む音がした。
「ここが、優斗さんの部屋なんですね……?」
前日の掃除は完璧だった。
狭いリビングには、ベッドとキッチン、それからパソコンを置かれた机しかない。
一見すると生活感のない部屋。
それを見て、恵令奈は辺りをキョロキョロする。
「ど、どうしたの……?」
「いえ、こういっては失礼かもしれませんが、意外と綺麗なんだなと思ったんです」
「……うん、失礼だね」
「ふふ、ごめんなさい。けれど……なるほど」
綺麗な部屋に何か感じ取ったのか、恵令奈は何度か頷くと、
「私が来るから、掃除してくれたんですか?」
「えっ……?」
唐突な質問に優斗は動揺する。
その反応を見て、恵令奈は口元に手を当てクスッと笑う。
「勘なのですが、毎晩、缶ビールとつまみだけの自堕落な生活をしているユウさんが、毎日こんな部屋を綺麗なままで保っているとは思えませんので」
「……それは、気のせいだよ」
「本当に気のせい、でしょうか……? 私が来るから、掃除をしてくれたのですか?」
見つめられると逃げ場がない。
優斗は頭をかきながら、素直に答えた。
「まあ、うん。部屋が汚かったら、嫌がられると思ったからね」
「……ふふん、ご迷惑をおかけしてすみません」
ペコリと頭を下げる恵令奈だったが、その表情はどこか嬉しそうで、心から謝っている感じはない。
「でも、よくわかったね。バレないと思ってた」
「んー、やっぱり、わかりますよ。だって女の勘は、鋭いですから……」
部屋の中を見渡しながら言う彼女に、優斗はドキッとする。
一つ一つの挙動が、なぜか鼓動を速くする。
それはおそらく、ここが密室であり、二人であり、他の誰の視線も受けないからだろう。
優斗は買ってきた食材を冷蔵庫へしまう。
「りょ、料理しに来たんでしょ。何か手伝うことある?」
誰にも邪魔されない空間。
男女がそんな空間で二人なのだから、男である優斗が意識しないわけはない。
──そして恵令奈も、それは同様である。
冷蔵庫の中に食材をしまう優斗の隣でかがむ。
「はい、それでは始めますね……。ユウさんは、休んでいてください」
肩が触れ合う距離で、冷蔵庫の中に使わない食材をしまい、使う食材は手に持つ。その頬は、白肌の彼女の中で何か変化があったのだと一目でわかるほどに赤く染められていた。
チッチッチッ、という時計の音だけが静まった部屋に響く。
食材を手にした恵令奈は、キッチンへ向かった。
「普段みたいに、のんびりくつろいでいてくださいね」
キッチンに立つ彼女に言われたが、優斗の普段といえば、パソコンの前で缶ビールを呑みながら、自宅から持ってきたのであろうピンクと白のチェックのエプロン姿になった恵令奈と、ゲーム内でチャットのやり取りをするぐらいだ。
なので必然的に、優斗はやることが無かった。
会社から持ち帰った仕事でもあれば、少しはカッコが付くだろうが、今日に限ってそれもない。
ベッドに座り、視線の先に恵令奈がいる。
そして彼女と目が合うと、彼女は恥ずかしそうに俯いた。
「あ、あの……そんなに見られると、恥ずかしいのですが」
「ご、ごめん! 何かしてるから!」
とはいえどうするか。
優斗は普段なら絶対に見ないであろうスマートフォンを手に取ると、何かを検索して、止めて、また何かを検索する。
「それじゃあ、始めますね」
買ってきた食材で調理を始める恵令奈の背中を、優斗は気付かぬうちに目で追っていた。
どこからどう見ても、同い年ぐらいの大人な女性。
けれどその中身は女子高生だ。犯罪紛いな関係なのに、優斗は考えてしまう。
──もしも。
自分に彼女ができて、その彼女が料理を作りに来てくれたなら、こういった感じなのだろう。
あるいは同棲を始めたばかりのカップルなら、こんなぎこちない感じなのだろう。
どちらにせよ、こんな経験はそういった男女の関係でなければ訪れない。
それを考えれば考えるほど、優斗のスマートフォンを操作する動きがおかしくなる。
どうでもいい政治経済のニュースを見ては、次に動画サイトのどうでもいい動画を1秒だけ視聴して、また違う動画を1秒だけ視聴する。
ただの時間とスマートフォンの充電の無駄遣い。
けれどそうしてないと、恵令奈のエプロン姿を見て、おかしな気分になりそうだった。
会って間もない相手なのに──。
そう考えて、すぐに、その理由がどうでもいいことだと気付く。
なにせ恵令奈と出会ったのは、ずっと前。
もうお互いに話し合っていたのは、一年も前のことだ。
それは勿論、恵令奈だけではなく、途中から加わったであろう有紗もだ。
だけど初めて話したのは恵令奈だ。
なので会ってからの時間など関係なく、ずっと前から恵令奈という人物を知っていたような気がする。
それも、普通に出会った男女よりも、ずっと濃い関係で──。
なにせ互いに相手が誰かも、男女においては重要である容姿も知らないで、ただただ、互いにゲーム内で話してるのが楽しかったから、どちらも関係を壊さずにいたいと願ったんだ。
それが普通の男女とは違うと、運命に似た何かだと、そう感じるのも無理はないだろう。
「──イタッ!」
そんな考えにふけっていると、恵令奈が声を発した。
「えっ、指切ったの!? 大丈夫!?」
立ち上がり恵令奈の元へ向かうと、彼女は指から少しだけ滲む血を見て、苦笑いを浮かべていた。
「だ、大丈夫、です……ははっ、やっぱり、初めてのお料理だと、こうなってしまうのですね」
「初めて……?」
「……お料理は、初めてなんですよ。もう大丈夫ですから、ユウさんは座っててください」
そうもいかず、優斗は救急箱から絆創膏を取り出す。
「とりあえず、これで」
「……あっ、ありがとう、ございます」
「恵令奈が料理、初めてだと思わなかったよ」
それは偏見かもしれないが、恵令奈に優等生のイメージを持っていたから当然の言葉だ。
「初めて、ですよ……。料理するのも、こうして、誰かに作ってあげたいと思うのも」
屈んだ彼女に上目遣いで言われ、優斗の鼓動がまた速くなる。
「そ、そっか、だけど無理はしないでね!」
優斗は逃げるようにそう伝えてベッドに座る。
「無理、しますよ……。頑張りたい、負けたくない、ですもん……」
恵令奈が小声でそう言ったように聞こえたが、優斗の耳にはっきりとは届かなかった。
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