第10話 恵令奈と自宅デート 3


 無事に電車を降りて、優斗のアパートの近所にあるスーパーへ到着した二人。

 優斗はカゴを持ち、恵令奈は折りたたまれた紙を見る。



「それ、どうしたの?」

「これですか? これは昨日、ネットに載っていた料理のレシピを書き写してきたんです」



 A4サイズのノート1ページに、必要な食材や分量、それにワンポイントアドバイスのようなものがビッシリと書かれていた。



「スマホの画面でも良かったんじゃないの?」

「私は書いて覚えるタイプなんです。なので、まずは紙に書いて工程を覚え、それから料理の順序をイメージトレーニングするんです」

「そうなんだ……」

「そして、ユウさんの家で料理をする自分を想像して……」



 恵令奈はニコッと微笑む。



「新婚生活を妄想するんです」

「えっ、新婚……!?」



 優斗が驚くと、恵令奈は満面の笑みを浮かべる。



「はい、そうです。だってそうではないですか。私とユウさんは婚約者。そして今日は、初めてユウさんに手料理を食べてもらう日なんです。ということは、今日は初めての夫婦の夜なんですよ」

「夫婦の、夜……」



 それは別の意味ではないか?

 優斗は口を開けながら固まる。

 その表情を見て、恵令奈は首を傾げる。



「……ユウさん? ユウさーん? 大丈夫ですか?」

「……大丈夫、ではない。それは色々と、うん……」

「ふふ、そうですよね。照れますよね。私も、恥ずかしいです」



 頬を赤らめながら言われると、余計に恥ずかしくなってしまう。



「そ、それで、まず何を買うのかな!?」



 優斗は慌てて話を逸らすと、恵令奈は頬を膨らませ、不機嫌そうな表情をする。



「ユウさん! 誤魔化すつもりですね!?」

「当たり前だよ! 急にからかうから」

「からかう? 別にからかってなんかありませんよ? 本当のことを言ったまでです。……ねっ、あなた?」



 また腕を組み、隣を歩く恵令奈は上目遣いでこちらを見てくる。

 大きな瞳が優斗の視線を奪い、触れ合う体の感触が、優斗を狂わせる。



「ふふっ、また照れてます?」



 口元に手を当ておどけたように笑う恵令奈。

 その表情を見て、優斗は強がるように言う。



「なっ、そんなわけ、ないだろ」

「えー、本当ですか?」

「本当だよ。こんなことで照れるわけない。俺は大人だからね!」



 大人だと、どうして照れないのか。

 自分で言っていて訳が分からなかったが、つい否定してしまった。



「なるほど、そうですか……」



 どうやらこの言葉が恵令奈のやる気スイッチの引き金となったらしい。



「では、このまま続けましょうか。新婚ごっこ。ねっ、あなた……?」

「っ!?」



 腕を組んで隣を歩く恵令奈を女子高生とは思えなかった。それほどまでに、態度や、声色や、色気ある表情が、大人の女性にしか感じられないからだ。


 だけどこのまま恵令奈のペースで話を進めたら、なぜだか駄目だと思った。



「ああ、そうだね、恵令奈。その勝負、乗ってあげるよ」

「……ふふ。はい、喜んで」



 既に恵令奈のペースで会話を進められてるような気がしたが、それでも、二人は新婚ごっこを続けた。



「今日のご飯は喜んでもらえると思うんですよね」

「そうなの?」

「ええ、前にゲーム内で好きなお料理の話をしたの覚えてます?」

「……ん、いつだったかな?」



 記憶の中を探すが思い出せない。

 すると、恵令奈は「もー」と、腕を組んだまま顔をすりすりさせる。



「私は覚えてますよ。……お料理も、女性の好みも、ちゃんとメモしてありますからね」



 恵令奈の喋り方がゆったりとしていて、必要以上に体を触ってくる。

 指先がちょんと触れると、ゾクッとする。


 ──恵令奈って、こういうタイプだったか?


 優斗は疑問に思い、照れて顔を背ける。

 それを見て、恵令奈はクスクス笑う。



「あれ、どうしたんです? 随分と顔が赤いようですが?」

「そ、そんなことないよ!」

「へー、そうですか。てっきり、大人なユウさんが、女子高生に責められ、照れてるのかと思いました」

「ま、まさか……」

「まさか、ですよね? ユウさんは、大人さん、ですものねぇ……? あっ、あなた、でしたねぇ?」



 黒髪美女の上目遣い攻撃に、優斗は悶絶状態だった。



「あら……?」



 どうやら、恵令奈はその反応が堪らなく嬉しいようで、幸せそうな小悪魔な笑みを浮かべる。



「あら、あらあら、やっぱり照れてるのですか……?」

「……そんなわけ」

「ふふ。では、そういうことにしておきますね」



 恵令奈は満足気に言うと、メモ紙を見ながら食材を手にしていく。

 それからも、恵令奈の態度や言葉に、優斗はたじたじだった。


 そして食材を揃えてレジへ。



「ユウさん、ちょっと携帯で家に連絡していいですか?」

「うん、わかったよ」

「後で料金は払いますから、レシート貰ってくださいね」 



 別にいいのに。

 そう伝えようとしたが、恵令奈は前のように拒むのだろうと思った。

 なのでレジにて支払いを終え、レシートを貰う。

 そしてお店の外で待っていた恵令奈の元へ向かう。



「えれ──」



 名前を呼ぼうとして、止める。

 彼女は真剣な眼差しで、何やらスマートフォンを操作していた。


 ──後ろから驚かせてみようかな。


 ずっと恵令奈のペースで責められていた。なので優斗は、少しばかりの仕返しと思い、音を出さず恵令奈の後ろへ近寄る。

 すると、彼女は何かのサイトを見て、ぶつぶつと呟いていた。



「……これは効果ありました。次はこれと、これで……」



 先程までの小悪魔的な恵令奈とは違い、今は真剣な眼差しでスマートフォンにぶつぶつ何かを言っている。

 盗み見るのは駄目だと思ったが、優斗は少しだけ覗いてしまった。



『内気なアナタでも大丈夫!

男性を虜にできる、魅力的な大人の女性になる為の10の心得!』



 そんなタイトルが大きく表示された画面。

 そして彼女が画面を下へスクロールすると、心得とやらが表示された。



『まず、ボディタッチは多めに!

恥ずかしくても我慢してください、男性は異性からのボディタッチに弱いんです!

歩くときは腕を組んで、会話の最中も必要以上に相手の体に手を触れましょう!』


『次に、相手の視線が揺れたら、それはアナタの言葉や態度にグラッときてる証拠です!

そういう場合は積極的に責めましょう!

そこが男性を落とす絶好のチャンスです!』



 それを見る恵令奈は「なるほど、なるほど」と何度も頷いていた。



「……恵令奈、それは?」

「──ッ!?」



 バッ、と振り返った恵令奈。



「ああ、あの、これは……」



 顔を真っ赤にさせながら、今にも泣きそうな表情を浮かべると、わなわなと口元を震わせる。



「み、見ました……?」

「うん、それってさ──」

「──な、ななな、なんで……」

「え?」

「なんで人のスマートフォンを見てるのですか!?」



 恵令奈は慌てふためき、優斗の胸元をポカポカと叩き始める。

 先程までの魅力的な大人の女性像はどこへやら。

 今の彼女は、大人の顔をした子供のようだった。



「もしかして、それに書いてあったことを実践してた、とか……?」

「そ、そんなこと……そんなことありません!」



 恵令奈が優斗と腕を組んだのも、あなたと呼んだり、こちらを見つめてきたりしたのも、彼女本来の対応ではなく、そのサイトに書いてあったものを実践しただけなのかもしれない。



「じゃあ、それ見せてくれる?」



 笑いながら手を出すと、恵令奈は慌ててスマートフォンを抱きかかえる。



「い、イヤです!」

「ふーん、じゃあ図星ってことでいいのかな?」

「そ、それは……」

「なるほど、恵令奈が急に変わったからどうしたのかなって思ったけど、へー、それを見て真似してただけなのか」

「こ、これは偶然、そう、偶然、料理レシピを探してたら見つけたのです! それでこういうのもあるんだなー、と思って見ただけですから! 決して、男性が喜ぶ魅力的な女性のなり方を探してたわけではないですからね!」

「そっかそっか、偶然、そのサイトを見てたんだねー。料理レシピを探してたら、偶然、そのサイトが。へー、偶然って凄いねー」



 先程まで呆然一方だった優斗は、ここぞとばかりに弱った恵令奈を攻撃する。



「な、なな、なんですか!? さっきまで照れてたではないですか!」

「まあ、それはそうだけど。でも、恵令奈はズルをしたってことだよね? そのサイトで調べたことを実践しただけだよね?」

「……わ、わかりましたよ!」



 すると涙目の彼女は、理性の糸がプツンと切れたかのように優斗の両手を掴む。



「では、書いてなかったことを実践しますよ! こうやって、指を絡めて……」

「──ッ!? ちょ、恵令奈!?」

「て、照れてるんですか!? 照れてるんですよね!?」



 恵令奈は優斗の両手を無理矢理に取って、指を絡める。

 汗ばんだ互いの指が絡められ、目前で恋人繋ぎをする二人。

 そんな二人は互いに顔を真っ赤にさせる。



「ふふっ、ふふふっ、どうですか!? 私だってやればできるんです!」

「ちょ、恵令奈!? 周り、周り周りっ!」

「なんですか、そうやって逃げようとしても……」



 恵令奈は勝ち誇った表情をしながら、周囲を見る。

 周りの視線と、クスクスとした笑い声が二人に当てられていた。



「も、もう、帰ろう!」



 優斗は恵令奈の手を握って逃げるように歩き出す。



「……はい、ユウさん」



 握られた手を見つめながら、恵令奈は今日一番の笑顔で、優斗の背中を見つめていた。

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