ゲーム内で結婚した相手は双子の女子高生で、リアルでも俺に結婚を迫ってくる

柊咲

第1話 結婚相手は……


 くたくたになったスーツの上着が椅子にかけられ、ネクタイはベッドの上に捨てられている。

 電気も付けず、部屋の中を照らすのはパソコンの画面から照らされる光だけ。

 そのパソコンの前で、Yシャツ姿の八島優斗は、カーソルを動かし、カチカチとキーボードを叩いた。


 パソコンの画面には、青空の下の大草原でピクニックをする二人組の男女の姿。

 その格好は、ファンタジー世界でよく見られる武器と防具をした服装。


 そして優斗は文字を打ち込み、それを画面に表示させる。

 


『──なあ、エリサ』



 ユウ、というキャラクターネームの男性キャラの頭上に、打ち込んだ文字が表示され、すぐに隣の女性キャラの頭上には、文字を入力してることを意味する【……】のマークが表示され、



『どうしたんですか、ユウさん』



 と、頭上に文字が浮かぶ。

 その返事に、優斗は無表情で文字を入力する。



『俺たちさ──結婚しないか?』



 女性キャラの頭上に【……】のマークが表示されない。

 文字を入力してないのだろう。返事に迷ってるのか、固まってるのか、それはわからないが、少ししてから画面に文字が表示された。



『急に、どうしたのですか……?』

『いや、深い意味はないよ。ただ前のアップデートで【結婚システム】が実装されただろ?』

『……はい』

『ゲーム内で結婚したら、ステータスが上がる。だからどうかなって。もしかして、他のゲーム内での知り合いと結婚システムを使おうと考えてた?』

『……いえ、別に。ただ、これは所謂プロポーズですので、もう少し熱烈なアプローチが欲しいなと思ったんです』



 優斗は首を傾げる。



『熱烈なアプローチ? いや、現実じゃないから、別にいいんじゃないか……?』

『それでも、です! もし私と結婚したいなら、ちゃんと伝えてほしいんです』



 照れくさく思ったが、きっと画面の向こうにいるエリサは、優斗が恥ずかしくて拒む反応を楽しみたいのだろう。

 優斗は考え、そうはさせまいと素直に伝えた。



『……わかった。エリサ、俺と結婚してほしい』

『もっと』



 ──逆に照れろ!


 そう思って返事を待とうとしたが、予想以上に返事は早く返ってきた。



『もっと感情を込めてください! あと、結婚してほしい、の前に自分の気持ちを伝えてください!』

『いやいや、感情を込めてって言われても、チャットだし、システム的な結婚だし……」



 パソコンの画面を見つめる優斗は、困り顔を浮かべたものの、ここで恥ずかしがって止めるような年齢でもない。

 再び文字を打ち込む。



「……エリサ、好きだ。結婚してほしい!!!!!!!!』



 ただ【!】マークを増やしただけ。

 されど『はい、喜んで!』と返事はすぐに返ってきた。

 文面からは喜んでるようにも感じるが、おそらく気のせいだろう。文字から感情なんてもの読み取れるわけがない。


 優斗は返事を聞き、マウスを動かして【プロポーズ】というコマンドを左クリックする。

 すぐに画面には【承諾】という文字と【結婚指輪】という装備品が入手された表示が出る。



『なんか、簡単だな……』



 文字を入力しながら、優斗は驚く。



「あれ……?」



 ゲーム内で隣にいたはずのエリサが、いつの間にかいなくなっていた。

 優斗は頭をかいて呟く。



「ログアウトか……? だけど、何も言わないでログアウトって、エリサにしては珍しい。少し待ってみるか」



 優斗は画面をそのままにして、部屋の電気を付けて着替えを始めた。



 ──八島優斗は、大学を卒業して二年目になる社会人。

 二四歳。適当に伸ばした黒髪に、中肉中背と、どこにでもいる普通のサラリーマンだ。


 優斗は就職を機に地元を離れ、札幌の中心部へ引っ越してきた。

 田舎とは違い、色々なお店や楽しみがある都会。けれど楽しみと呼べる趣味は生まれなかった。


 毎日毎日、会社と自宅を往復する日々。


 そんなつまらない日常を変えようと、優斗はとあるオンラインゲームを始めた。


 ──【エンドレス・オンライン】。


 名前通りの終わらない物語。

 ゲームでよくいるラスボスなんかも存在せず、強さを意味するLvもない。

 世界中を冒険して。

 ゲーム内で友達を作って。

 ただただ、好きに遊ぶだけ。

 そんな目的も終わりもない物語──それでも、エンドレス・オンラインはかなりの人気があった。


 それはきっと、現実世界とは別に、もう一つの自分が暮らす世界でまったりした生活がしたいと思った者が多かったからだろう。

 ゲーム内で家を作ったり、ゲーム内でできた友達と現実世界の話をしたり。

 そんな緩いゲームに、優斗も次第にハマっていった。


 優斗の一日の大体は、自宅と会社の往復の他に、缶ビール片手にエンドレス・オンラインで遊ぶというのが加わったのだ。


 なので今日も、シャワーを浴びてから、部屋の中で缶ビールを開けた。


 ──ピコン。


 そんな時。

 パソコンからお知らせ音が鳴り、再び椅子に座って画面を見る。



『ユウくん、いる……?』



 ログアウトしたはずのエリサが戻ってきていた。

 画面に映る女性キャラが、左右にカクカク揺れていて、少し間抜けな様子だ。

 優斗は開けた缶ビールを置いて、キーボードを打つ。



『いるよ。急にログアウトして何かあったのか、エリサ?』

『ごめん、ちょっとね。……それで、ユウくん。さっき、あたしに結婚を申し込んだよね?』



 記憶喪失か? とも思わなくもないが、いつものエリサなので優斗は気にしなかった。



『ん、ああ、そうだけど……?』

『もう一回、言って?』

『何でだよ。もう結婚システムは完了したぞ。指輪だって受け取っただろ?』



 そう言うが、エリサからすぐに返事が届く。



『いいから! あたしが、もう一回聞きたいの!』

『よくわからないけど、まあ……チャットだけど、俺だって恥ずかしいんだから、これで最後だぞ?』

『……う、うん。心の準備は、できてるから』



 照れくさい文章を打てるのは、きっと缶ビールで少しだけ酔えたからだろう。

 優斗は先程同様に、キーボードを打ち伝える。



『エリサ、好きだ。結婚してほしい』



 すると、エリサのキャラは再びカクカクと動き始め、



『うん、うんうん。する! あたし、ユウくんと結婚する!』

『そ、そうか、喜んでくれて良かったよ』



 パソコンの画面でエリサは、ぴょんぴょんと優斗のキャラの周りをぐるぐると走っては跳ねてを繰り返す。


 それを見ながら、優斗は缶ビールに口を付けて笑った。


 ──この日、優斗はエリサと結婚した。


 結婚といっても仮想世界での出来事である。


 大抵の男女にとっては一生に一度のイベントである結婚も、ゲーム内では、ただコマンドを入力して、カーソルを合わせて、クリックするだけで結婚ができるようになった。

 それが先日、実装された機能──【結婚システム】だ。


 結婚指輪を装備した状態で結婚相手と一緒に冒険へ出ると、ゲーム上のパラメーターが上がるという、ただのステータスアップする為の機能。

 なので結婚相手と、もう冒険に出ないと思ったら、結婚を決めた次の日には離婚して、その日の内にまた別の相手と結婚する、なんてことはよくある。

 スピード結婚からの、スピード離婚のコンボだ。


 なのでステータスを上げてくれる結婚指輪という装備を貰えるから、プレイヤーたちは仲の良いプレイヤーと結婚していった。


 ユウというプレイヤーネームを使う優斗も、このシステムを使おうと考えた。

 けれど、優斗がゲーム内で仲が良いのは、自称女子高生プレイヤーであるエリサしかいなかった。


 自称というのは、エリサがそう言ってるだけであって、優斗は信じていなかった。

 なにせ女性キャラを使ってる半数以上は男性プレイヤーなのが、ゲームでの常識であり、知りたくない真実なのだから。


 だけどエリサは、必要以上に自分が女子高校生だとアピールする。


 やれ、午後の授業が退屈だった。

 やれ、学校帰りに買い食いした。

 やれ、今日も部活が大変だった。


 そのどれもこれもが、彼女が学校へ通っていたことを表していた。

 それでも優斗は、あまり信じられなかった。

 なにせエリサが女子高校生なら、なぜ、優斗のような社会人と毎日のようにゲームをしてるのかわからなかったからだ。


 それに前々から、エリサというキャラの中には、二人いるように優斗は感じていたから。


 そう感じた理由は二つ。


 一つは先程のように、優斗のキャラである【ユウ】のことを【ユウさん】と呼ぶ時と【ユウくん】と呼ぶ時があること。


 そしてもう一つは、自分のことを【私】と呼ぶ時と、【あたし】と呼ぶ時がある。


 二人いるのか、キャラを分けて演じてるのか、理由を優斗はわからない。

 ただ気付かないフリをすることが、このゲーム内で互いに楽しめる関係を維持する為に必要なことだろう。


 それに優斗にとっては、相手がどんな人物であっても気にはしなかった。

 ただ、このままの関係で仲良くゲームを楽しめればそれでいい。


 ──だが、この結婚システムを機会に、優斗は彼女エリサ彼女エリサと、現実世界で距離を縮めていくことを、プロポーズしたその時はまだ知らなかった。

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