第46話 Oil

一学期の終業式が終わった。


幸太と美戸は部室にいた。エアコンのない部室は蒸し暑く、扇風機の風も生ぬるい。


夏休みに向けて、美戸と幸太はPep の整備をしていた。最もそんなに大したことはしていない。まずはPep を5センチ位持ち上げて床に落とした。緩んでいる部品があれば異音がするので、すぐ分かる。


次にメンテナンススタンドに載せて、タイヤを浮かせ回してみて溝の減り具合と異物が刺さってないか見る。エアゲージで空気圧を測って足りなければ補充する。


どちらも問題なかった。


日常的に行うのは大体この程度で、あとは月に一度位可動部分にオイルを注すだけだ。


それ以外は、Pep を購入した鈴木サイクルに半年に一度位持って行くと点検してくれる。ブレーキや変速は大体その時に調整してくれる。工賃は請求されないが、それでは悪いので店にある小物を買ったり部品を注文したりする。


さて、可動部分の中でも重要なのがチェーンで、現代のスポーツサイクルはリアが10〜13速と多段なことからチェーンの捩れが大きく負荷が高いのでチェーンの潤滑を担当するオイルは結構重要である。


美戸はまずチェーンの汚れをウェスで拭いた。


こだわる人はチェーンを切って外してから洗浄したり、専用の器具で汚れや古いオイルを落としてからオイルを注すが、ウェスで汚れを拭いてからオイルを注せば新しいオイルが染み込んで古いオイルが浮いてくるから、さらにウェスで拭けば良い。


チェーンオイルもスプレー缶のものやプラスチックボトル入りのものがあり、高いオイルは小さなボトルで何千円もするが、ポタリングには、そこまで高性能なオイルは不要ということで、スポーツサイクルを扱っている店では千円程度で売っているFinish Line のチェーンオイルを使用している。


美戸はボトルのオイルを、チェーンのピボット(正確には今のチェーンはほとんどピボットレスなのだが)にちょんちょんと注していった。


ちなみに作者(沙魚人)は加齢のせいか、目は霞むし、手も震えるので、この作業が好きではない。


十分程して、オイルがチェーンに浸透すると、美戸はウェスで余計なオイルを拭き取った。


美戸が作業を終えて手を洗うと、幸太が保冷ボトルに入れてきたアイスコーヒーをグラスに注いだ。


「ありがとうございました。」


グラスを美戸の前に置くと、幸太と美戸は手をつないだ。


美戸は地元の名門女子大に学校推薦での進学を希望していたが、高校側としては、美戸は一般受験で充分合格できる学力があること、他にもその大学に推薦での進学を希望している生徒がいることから、夏休み明けまで返事を待ってほしいと進路指導担当の教師に言われたそうだ。


都立東久留米中央高校の一般生徒の学力では、その大学に普通に受験して合格するのは至難の技なのだ。


美戸にしてみれば何のために今まで真面目に勉強してきたのか、受験当日にインフルエンザにかかることだってない訳ではない。憤懣やるかたないといったところだった。


「ところで幸太くんも夏休み明けに最初の進路相談でしょ。どうするの?」


「父も母も将来的に喫茶店を継ぐことは賛成してくれてます。高校卒業してからすぐ店に入るのか、調理の専門学校か大学で喫茶店の経営を勉強するのか? でもそれ以前に、うちの喫茶店で将来自分の家族を養えるだけの収入が得られるのかも気になります。」


幸太は少し顔を赤らめた。





「私も働くから、そんなに稼がなくても大丈夫だよ。」


頭の中ではそう思えど口には出せない。そんな美戸なのでありました。


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