H・H・B
沙魚人
第1話 Bean sprout
高校に向かうバスの停留所に行くと丁度バスが来たところで乗車待ちの列が短くなりつつあった。幸太は列の一番後ろについた。ちょっと疲れた幸太は座りたかったが、この位置では難しそうだ。次のバスが来るのは10分後。バス停で10分立っているか、それともバスの中で高校まで10分立つか? 同じことだ。幸太は諦めてバスに乗った。
高校前の停留所で降りて門を通ると、入学式を迎える新入生やその父兄が大勢集まっていて賑やかな雰囲気だった。東京都立東久留米中央高校は男女共学で中堅クラスの偏差値の高校である。歴史は長く、建物は古いが何年か前に大規模な改修がされ、設備は新しく綺麗だった。制服もちょっとお洒落なブレザーとチェックのパンツやスカートに変わり、最近人気が出てきたところである。幸太は受付を済ませると資料がいっぱい入ったビニール袋を受け取り、入学式の会場である体育館に入って自分のクラスの列の椅子に座った。やれやれ、やっと座れた。疲れた幸太がぼうっとしている内に入学式が始まり校長先生の挨拶があった。眠気をこらえ長い話を聞いている内に幸太は少し気分が悪くなってきた、その時。
後ろの父兄席の方から大きな物音がして、ざわざわとした雰囲気になった。幸太はいやな予感がして、振り向いて見たが後ろの生徒が邪魔で見えなかった。この騒ぎのせいか、入学式は手短かに終わり、幸太は安堵のため息をついた。教室に移ると、担任の先生の挨拶と自己紹介があり渡された資料の説明があって昼前に今日の予定は終わったのだった。予定が終わってもクラスメイトとの親睦を図りたい生徒は教室でたむろし、学校内や部活動の見学をしたい生徒は連れ立って教室を出て行った。幸太も高校に入学したのを機に少し運動がしたかった。激しいスポーツは到底無理だが、何か無理なくできる部活動はないだろうか? 資料の中に部活動の案内のパンフレットがあった。A4の紙をホチキス止めした簡単なパンフレットを開くと最初はサッカー部の紹介だった。東久留米中央高校のサッカー部は時折全国大会にも出場している強豪である。無理。ウォーキング部とかヨガ部とかないかな。幸太はページをめくっていった。人気のある部活動から順番に大きく紹介されているらしく、だんだんスペースが小さくなっていく。最後の方になるとA4の1/8のスペースになった。その中の一つに幸太の目が止まった。
『ポタリング部』
自転車で近隣の神社仏閣、名所旧蹟を巡る活動をしています、と短い紹介文にある。これが良さそうだ。というか他に自分にもできそうな部活動がない。とりあえず見に行ってみよう。幸太は教室を出た。
部室のある棟は最低限の改修しかされてないようで、古いままだった。薄暗い廊下を歩いて目的のドアの前に立つ。引き戸のドアにはカマボコの板を彫刻刀で削って塗装したらしき『ポタリング部』の表札がかけてあった。幸太はドアをノックした。
「はーい?」女の子の声がした。
「失礼します。」幸太はドアを開けた。
部室の中に少女が一人いた。小柄でスリムだが、元気で健康そうな子である。茶色がかった柔らかな髪を肩まで伸ばし、丸顔の頬に少し肉がついてアンパンのようにふっくらした感じであった。後ろには少女のモノらしきレモンイエローの自転車が置いてある。少女は幸太を怪訝そうな顔で見た。
「あの、1年E組の佐藤です。ポタリング部に興味があって来たんですが。」
それを聞いて少女は嬉しそうに微笑んだ。ぱっちりした目が糸のようになった。可愛いな。病弱な幸太は普段あまり女の子に目が向くことがない。幸太はちょっと胸が苦しくなった。幸太が勧められた椅子に座ると、少女は幸太に紅茶を出すと話し始めた。
「ポタリングとは何か?というところから説明すると英語のpotterからきた言葉ですね。映画や小説のハリー・ポッターと同じ字です。potterはその辺をぷらぷらするという意味もあるんだけど、日本ではポタリングというと本格的なサイクリングと違って自転車でする散歩のような意味で使われることが多いです。」
幸太は母と一緒に見たDVDの映画を思い出した。その時は自分も魔法が使えたら便利なのにな位の感想しかなかったが。だが自転車でする散歩なら自分でもできそうだ。幸太は少女に体が弱いこと、高校入学を機に無理のない運動を始めたいことを話した。少女は、ふんふんとうなずきながら聞いていたが、
「佐藤君はこのあたりに住んでいるのかな? 東久留米や清瀬、新座はまだ緑が残っていて、きれいな川もあるの。有名な古いお寺とか旧跡もたくさんあるから行く場所には困らないわ。」
「早速ですけど体験入部ということでポタリングに行きましょう。明後日の日曜日は空いてますか?」
幸太は自転車がないと答えたが、少女は当てがあるから借りて来てくれると言う。
「あ、忘れてました。私は部長の
美戸という少女は、にっこり笑った。
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