第9話 Gossip

東久留米中央高校の職員会議で今年の新入生の話題があった。今年の新入生から早くもカップルが誕生したらしい。


おさかんなことだ。こっちはもう何年も男日照りだってのによ。一美ひとみは心の中で毒づいた。一美は養護教諭で白衣の似合う美人だが、アラサーでやさぐれていた。3年程前に当時付き合っていた彼に振られてから、一美はずっとフリーである。


「で、中村先生は何かご存知ないですか?」


何故か話がこっちに振られた。知るわけないだろ。と返そうとしたが


「ポタリング部の2年の田中と1年の佐藤という子たちらしいんですよ。」


1年E組 佐藤さとう 幸太こうた  ポタリング部部員、虚弱体質、診断書の提出あり。

2年A組 田中たなか 美戸みと  ポタリング部部長、頭脳明晰、成績優秀。


二人が休日にお揃いの自転車で仲良くデートしているところが多数目撃されているとのこと。


佐藤とやらの診断書は、一美も見ている。卒業は難しいかも知れないというレベルの病弱だったはずだ。それでも女の子と付き合える元気はあるのか?全く男ってヤツは、、、一美は苦々しげな顔をした。


そして美戸が? 一美は一応ポタリング部の顧問である。美戸から新入部員が来たとは聞いていたが、それが男だとは聞いてなかった。男日照りの一美に気を使ったのかも知れない。それはさておき、一美としてはガキの恋愛などどうでもいいが、自分の立場が悪くなるようなことは困る。それに自分の部の生徒がどのような恋愛をしているのか? 出歯亀的な興味があった。本当に付き合っているのなら、アノ時はコンドームを忘れるなよ位のアドバイスはしてやろう。一美は意地悪な笑みを浮かべた。


「確認しておきます。」


一美の思惑に気付かず、会議室は安堵した空気に包まれるのであった。

放課後、一美は部室のある棟の薄暗い廊下を歩いていた。部室や倉庫があるだけだから最低限の改修しかされておらず、古くて薄汚れたままだ。どうせ税金なんだから全部きれいにすりゃいいのに、ケチくさいことだ。ぶつぶつ言いながら、一美はポタリング部の部室の前に立つとドアをノックした。


「どうぞ〜。」

「邪魔するぞ。」


一美は部室に入った。美戸は滅多に姿を見せない顧問が来たことを訝しんでいるようだった。


「紅茶でもどうですか?」

「貰おうか。」

「佐藤君。」美戸は、パチンと指を鳴らした。幸太がさっと立ち上がる。


幸太が持って来た椅子に一美はどっかり座って足を組んだ。幸太が素早くマグカップにティーバッグを入れてお湯を注ぐ。砂糖を添えて先生の前に置かれた。


よく躾けてんな。私もこんな彼氏が欲しいもんだ。一美は思った。


「佐藤君、ポタリング部の顧問で養護教諭の中村先生だよ。」


「君は?」

「1年E組の佐藤幸太です。」

「学校には慣れたか?」

「はい、おかげさまで。入学式の時は母がお世話になりまして、ありがとうございました。」

「入学式で倒れた婦人は君の母上か。」


一美は立ち上がって、幸太の肩や腕のあたりをポンポンと叩いた。


「君の身体もぺらぺらだな。ポタリング部に入ったのは正解だぞ。美戸に色々教えてもらえ。」

「はいっ!」


「佐藤君も自転車買ったんで、来週のポタリングのコース考えてたんですよ。なるべくキツくないように。」

「田中先輩には気を使わせちゃってるけど、早く普通に乗れるようになりたいです。」


幸太と美戸は一美の前で仲良くコースについて話し合っている。その様子を見て、こいつら、時間の問題だな。一美は思った。二人の息がぴったり合っているのが分かる。


「ご馳走様、邪魔してすまなかったな。」


紅茶を飲み干すと一美は部室を出た。廊下を歩きながら、まあ、良かろう。ウチの高校は男女交際は禁止じゃないし、若さゆえの過ちにだけ気をつけてくれればいいのだ。ちなみに過ちとは不純異性交遊のことではなく、うっかり新しい命を宿してしまうことである。教師でありながら不謹慎なことを考える一美だった。


「優しい先生ですね。」

「まあ、悪い先生じゃないとは思うけど。」


美戸は一美が一番面倒くさくなさそうだからという理由でポタリング部の顧問になってくれたことを知っている。それにしても今日は一体何のために来たのだろう。自分たちが噂になっているとはつゆ知らず、のんきな幸太と美戸なのでありました。


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