第12話 Girl's talk

美戸の幼なじみにして幸太のクラスメイト、ペップを購入した鈴木サイクルの一人娘、鈴木 リンは美戸に勉強を教わっていた。幸太と同様に中間テストで惨敗したリンは、このままだと夏休みの補習は免れないと美戸に勉強を教わっているのである。もともと東久留米中央高校に入学できたのも中学三年生の一年間、美戸が猛勉強させたおかげであった。それで何とか滑り込めたものの授業について行けず苦しんでいるので、良かったのか悪かったのかというところだ。


ちょっと休憩になって、幸太の話題になった。自転車に関しては、シングルスピード原理主義者であるリンは、ペップを買ってすぐ多段化してしまった幸太を良く思ってはいない。


「あいつ、病弱のくせに妙にオシャレに気を使ってない? 髪の毛はどう見ても美容院だし、コロンとかつけているじゃない。スニーカーもいいヤツ履いてるよね。」


「リンちゃんは1000円バーバーだしね。リンちゃんもなんだかんだ、佐藤君のこと、よく見てるわね。私も佐藤君に聞いたことあるけど、お母さんが身だしなみにうるさいんだって。」


「げ、マザコンかよ。シングルスピードもいい部品は高いのよ。床屋にお金をかける余裕はないわ。ああ、バイトがしたい。」


同じく病弱な幸太の母は、家族が何より大事で、自分の大事な夫や息子が他の人間、特に女性にダサいと思われるのは、プライドが許さないのだそうだ。だから幸太の父はデパートで買った、そこそこ良いスーツを着ていて、ネクタイや靴もそれなりに良いモノを身に付けている。


幸太も制服の肩にはフケ一つ落ちてないし、パンツの折り目もピシッとしている。ネクタイも緩めたりせず、きちんと結んでいる。


休日のポタリングで着てくる服も地味だが上質でセンスが良く、それも幸太の母の見立てであるのは、美戸にも分かっていた。


そんな母子ともに病弱で旅行などままならない佐藤家では、月に一度、親子三人で美容院に行き、その後、買い物をして外食するというのが唯一のレジャーなのだそうだ。


入学して、クラスでの自己紹介の時、女の子のような優しい顔立ちをした美少年の幸太を見て、クラスの女子はみんな色めきだった。だからリンも幸太のことはすぐ覚えたのである。だが、良く見ると顔色は悪いし、がりがりに痩せているし、授業中は死んだ魚のような虚ろな目でノートも取らずにぼーっとしているし、思い切って話しかけても頭に入らないのか、トンチンカンなことを言うので、ちょっと気味が悪いというのが、クラスの女子の幸太評なのだった。


へえ。美戸は意外に思った。美戸といる時の幸太は機嫌のいい子どものようにニコニコしていて、美戸の話を一言一句聞き漏らさないようにしている。それが自分に対してだけと聞くと悪い気はしない美戸だった。


美戸姉みとねえは、男の子と二人で部活なんて嫌じゃないの?」


「最初は断わろうと思ったけどね。でも話を聞くと大人しいし素直だし、二人きりでいても病弱で襲われる心配もなさそうだから、まあ、いいかなって。」


美戸は、けらけらと笑った。


「何気にそっちのがヒドくない?」


リンも連られて、げらげらと笑った。


知らぬが仏という言葉がある。女性というのは結構、辛辣なものだ。もし幸太が二人の会話を聞いたら女性不信になって美戸への好意も冷めてしまうかも知れない。知らないということは、幸せなことでもあるのであった。

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