第13話 House

5月下旬の日曜日、幸太と美戸はいつものようにポタリングにくり出した。これまでは日曜日の午後にポタリングをしていたが、そろそろ暑くなってくるので、この日からは午前中となった。


幸太と美戸のポタリングは大体、日曜日の半日だ。幸太の体力的に長時間、長距離のポタリングは難しいのと、毎週ポタリングの度に外食するのも高校生のお小遣いでは厳しいからである。


ところが今日は暑い。季節外れの暑さだ。まだ10時前なのに30度はあるだろう。湿度も高く熱気が体にまとわりつくようだ。


美戸はハンドルに付けているバックミラーを見た。幸太はとりあえずついては来てる。本来、自転車のバックミラーは後ろから来る自動車を見るためのものだが、美戸のは幸太の様子を確認するためのものなので、真後ろが見れるように取り付けられていた。ちょっと心配になって日陰に自転車を止めた。幸太も続いて止まる。美戸は幸太の顔を見た。少し赤くなっていて、呼吸も荒い。こりゃ、やめた方がいいな。美戸は判断した。


「今日は暑過ぎるね。帰ろっか?」


幸太はがっかりした顔をしたが、大丈夫ですと言わないところをみるとこの暑さがきついのであろう。幸太のしょげている顔を見て、このまま帰るだけではかわいそうなので何かすることがないか? 美戸は考えた。コンビニでお菓子でも買って部室でお茶にするか? 部室も暑いよね。エアコンがあって、お金のかからないところ、、、


「私の家に来る? お昼食べて帰りなよ。」

「えっ!? いいんですか?」


天国から地獄へ。再びまた天国へ。忙しい幸太だった。女の子の家に遊びに行けば、怖い父親や兄がいるかも知れないとは、思いつかないのであろう。


さて、美戸の家は滝山団地の一室である。幸太が家に上がった時、家には誰もいなかった。


幸太も美戸も汗まみれだが、若い男女が二人きりの家で幸太にシャワーを浴びてきてとは言いづらい。さりとて、美戸だけシャワーを浴びてくるのは、もっとマズいような気がする。どうしたものかな? 美戸は考えた。


「先輩、水道お借りしていいですか?」幸太はバッグから小さなタオルを出した。水につけて絞ると顔を拭いた。美戸はほっとした。


「私は自分の部屋で着替えてくるね。」


美戸は、幸太と同じように絞ったタオルで体を丁寧に拭くと、何となく手持ちで一番かわいい下着と部屋着を身に付けた。美戸がダイニングに戻ると幸太はTシャツも着替えてテーブルの椅子にちょこんと座っていた。


「今お昼作るから、テレビでも見てて。」


美戸はガスレンジに鍋をのせて火を着けると、まな板で玉葱をざくざくと刻み始めた。鍋の水が沸騰すると出汁の素と玉葱を入れて、弱火で煮る。玉葱が柔らかくなったところで、豚肉とほうれん草を入れた。アクをすくっては捨てアクが出なくなったところで醤油で味付けし、鍋をレンジから下ろした。今度は大鍋で湯を沸かし、うどんを放り込む。茹で上がるとザルに開け、流水で粗熱を取った。


テーブルにうどんが盛られた大皿とつけ汁のどんぶりが置かれた。


「う。」


幸太はちょっと困った。うどんは嫌いではないが、つけ汁の中に肉と玉葱とほうれん草がたくさん入っている。幸太は野菜が好きではなかった。肉もあまり好きではない。だが、美戸が作ってくれた料理である。残す訳にもいかない。


大皿に盛られた冷たいざるうどんを温かいつけ汁で食べる。ちょっと塩っぱいつけ汁が汗をかいた体には美味しく感じる。うどんはちょっと茶色味がかっていて太くて固い、いわゆる武蔵野うどんだ。コシが強くて幸太には飲み込みづらい。だが、一つの皿からうどんを取ることで親しさが増したように感じられる。幸太は頑張って食べた。つけ汁の中の肉も野菜も全部食べた。美戸は豪快な音を立ててうどんをすすっている。幸太の倍は食べているだろう。


「今日は家族の人はお出かけなんですか?」


うどんをすすりながら、何となく幸太は尋ねた。


美戸のうどんをすする音が止まった。うどんでハムスターのようにふくらんだ頬が元に戻る。一瞬何か考えたようだったが、まあ、幸太ならいいだろうと思ったか


「私、一人暮らしなの。もともと母しかいないんだけど、今は大阪に単身赴任してる。」


美戸は再びうどんをすすり始めた。


幸太は美戸の顔を見た。心なしか、その表情は暗い。そんな美戸を見るのは初めてだった。


「ご馳走様でした。美味しかったです。」

「それなら良かったわ。」


テレビを見ながら、おしゃべりをしているうちに午後3時を過ぎて暑さも落ち着いたので、幸太は帰ることにした。部屋の窓から美戸が手を振ってくれているのが見える。幸太はペップに乗りながら、あの時の美戸の顔を思い出した。お母さんがいなくて寂しいのかな? そんなことを考えたが、すぐ忘れてしまったのであった。




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