第41話 Live 2

20年程、昔の話。


幸太の父、裕太ゆうたは東京の大学に入学するため上京した。


県内有数の進学校である県立高校に入学したまでは良かったが、秀才揃いの高校の中ではいまいちぱっとしなかった。それでも真面目に勉強し東京でも名の知られた大学に合格したのである。


せっかく入った大学だったが、裕太は馴染めなかった。学生は男女問わずお洒落で、学内はレジャーランドのように賑やかだった。その中では地味な裕太は逆に浮いて見えた。


それでも多少の友人もできた頃、学内でも評判の美少女と同じゼミになった。裕太にとっては異次元の存在と言えたが、彼女にゼミの課題が分からないので教えてほしいと言われ、裕太は舞い上がった。だんだん親しくなり二人で出かけるようになって、気持ちを伝えられたことも伝えたこともなかったが恋人気分だった。


その彼女、さちだが裕太の友人たちの評判はあまり良くなかった。重い病気らしいから、深入りしない方がいいと忠告してくる友人もいた。確かにあまり大学に来ないし、デートが直前でキャンセルになったり、途中で体調が悪くなってお開きになったりするのだが、浮かれていた裕太はあまり深く考えていなかった。


二人で会うようになってしばらくして裕太のアパートに遊びに来た祥はいきなり土下座をした。




「私と子どもを作ってください。」


私は心臓の病気でもう長くは生きられない。一人っ子の自分を失う両親のために子どもを残してあげたい。結婚も認知も養育費の支払いも求めない。ただ子どもを作る相手になってくれたら、それだけで良い。


呆然とする裕太に祥は捲し立てた。


彼女は僕を恋人ではなく、単なる精子の提供者として見ていたのか? 裕太は込み上げる吐き気を懸命にこらえた。


これが祥でなかったら、即座に断っていただろう。だが、病気がなければ裕太と全く関わる事なく大学生活をエンジョイしていたはずの美少女が自分なんかに土下座して女性として一番恥ずかしい事を懇願している。それが気の毒に思えて仕方なかった。





「僕と子どもを作りたいなら、僕と結婚してください。」


僕は自分の子どもが自分の知らないところで幸せに暮らしているかも分からずに生きるなんてできない。子どもを作るなら子どもに責任のある立場でいたい。だからそれが僕の条件です。


今度は祥が驚いた。祥としては決して裕太に迷惑はかけないというつもりでの申し出だったが、逆に結婚してほしいと言われて狼狽えた。裕太を選んだ自分の目は間違っていなかったと思いつつ、自分の身勝手を恥じた。


だが、無事に出産できるか、自分も子どもも出産で死んでしまう可能性も十分あった。そもそも妊娠できるかも分からない。


結局、母子共に無事に出産できたら結婚すると約束して、二人は結ばれた。最も裕太にとっては、祥が行為の最中に心臓の発作を起こしたらと思うと気が気ではなかった。初体験のときめきもよろこびも全くなかった。


一度の行為で妊娠する訳もなく、祥の妊娠しやすい日を選んで二人は何度か体を重ねた。裕太にとっては苦行以外の何物でもなかったが、数ヶ月後、祥が妊娠して裕太は心底ほっとしたのだった。

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