第39話 Practice
春休み。
リンと有子は高校の校庭にいた。リンが中学時代に乗っていた自転車を有子に譲ることになって、まずは練習ということになったのである。
ちなみに幸太と美戸も高校に来ているが、二人とも有子の自転車には興味がないので部室から出て来ない。
有子は、リンみたいに曲芸をする訳じゃなし練習なんか必要なのか? と思ったが自転車をもらう立場上、リンの言う通りにしたのであった。
リンと同じ黒のその自転車はSurly というメーカーのCross×Checkというモデルだそうだが、有子はそんな事はどうでも良かった。
「じゃ、まず跨って。」
リンに言われて、有子はおとなしくサドルに跨った。
「んん?」
妙にサドルが高い。まるでバレリーナのように爪先立ちになってしまう。
「鈴木さん、これサドル高過ぎない?」
「リンでいいよ。サドルはこれくらい高い方がペダルを漕ぎやすいんだよ。」
リンはこともなげに答えた。有子は仕方もなく、そのままハンドルに手を添えた。一文字のバーハンドルなのはいいが位置が低くて上体が前屈みになって辛い。
「リンさん、ハンドル低くない? 首が痛い。」
「これくらい低くないと力入らないからスピード出せないよ。」
有子はペダルに右足を載せようとした。ペダルにはトウクリップという金具が付いていてスリッパを履くみたいに足を入れるようになっている。
「漕ぎ出したら左足もトウクリップに入れて。はい、スタート!」
リンは手をぱんぱんと叩いた。有子はよろよろと漕ぎ出した。回転しているペダルのトウクリップに左足が中々入らない。悪戦苦闘している内にようやく左足がトウクリップに入った。やれやれと思って校庭を一周しリンの前で止まろうとしたが、足を止めても車輪が空回りしてくれない。ブレーキをかけても足が引っ張られて進んでしまう。有子は知らないが、この自転車は一輪車みたいにペダルを後ろに回すと後ろに進むのだ。
「きゃあっ!」
有子はそのままリンに突っ込んだ。リンはさっとかわすと有子を抱きかかえるようにして自転車を止めた。リンに有子の柔らかな感触と甘い匂いが伝わった。
「こんなおっかないモノ、乗れるか!」
有子はキレた。
慣れれば面白いのに。まあ、前に美戸を乗せた時に同じ事を言われたので予測はしていた。リンはぶつぶつ言いながらサドルを下げ、ハンドルを上げて、トウクリップを外した。そして後輪を外すと、左右をひっくり返した。この後輪は両切といって片側に固定のコグ、反対側にフリーホイールを付けられるようになっている。リンはフリーホイールにチェーンをかけて後輪を取り付けた。
「これで少しはまともになった。」
有子は校庭をぐるぐると回った。変速はないが軽く走るしブレーキも効く。悪くない、有子は思った。
有子はリンの前に自転車を停めた。
「ありがたく使わせてもらうわ。」
リンはほっと胸を撫で下ろした。
「とりあえず荷台とスタンド付けて。あとライトもほしい。雨の日は乗らないから泥除けはいいわ。」
シングルスピードはシンプルを旨とすべし。余計なアクセサリーはシングルスピードの美しさを損なう。そう考えているシングルスピード原理主義者のリンにとっては、ライトはともかくスタンドと荷台を付けるのは許せない一線だった。何と言い返そうか? リンは口を開きかけたが
「リン、私のお願い♡」
有子に可愛くおねだりされると何も言えなくなってしまう。そんな惚れた弱みのリンなのでありました。
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