第4話 Pep cycles
東久留米中央高校から自転車で15分くらいのところに滝山団地という団地がある。5階建てのエレベーターのない集合住宅がほとんどの古い団地だ。
滝山団地の商店街にその店『鈴木サイクル』はあった。店先にはシティサイクルや原付のスクーター、スーパーカブが並べられていて、スポーツサイクルを扱うお店には見えない。
「こんにちは〜。」美戸はずかずかと奥の作業場まで入った。
「美戸ちゃん、いらっしゃい。」
中年の男性が返事する。どうやら、この男性が店の主らしい。
奥には、日曜日に幸太が借りたサーリークロスチェックが壁のラックにかけられていた。
「初めまして、佐藤幸太です。自転車を貸してもらってありがとうございました。ポタリング部に入部するのに自転車を買おうと思うのですが、何かオススメはありますか? 」
「これと同じサーリーのクロスチェックかな。ロードバイクっぽく組むこともできるし、太いタイヤを入れて今流行りのグラベルバイクっぽくも組めるよ。長持ちするから自転車趣味に飽きてもシティサイクルがわりにずっと使えるな。」店長は壁の自転車を指差してぶっきらぼうに答えた。
ロードバイク? グラベルバイク?? 幸太には、何のことやらちんぷんかんぷんである。ロードバイクは舗装路を軽快に走るため細いタイヤを使用してスピードを出しやすい自転車、グラベルバイクはそれよりも太めのタイヤを使用してマウンテンバイクほどではないけどオフロードにも対応できる自転車のことよ。美戸がおおざっぱに説明してくれた。
値段はメーカー完成車で税込15万円程。
「うーん。」幸太は考え込んだ。今回の予算は親からの10万円と自分の貯金の5万円を合わせた15万円で、これだと他に必要な物が全く買えない。
「ねえ、おじさん。私と同じペップはもう売ってないの?」
「私もサーリーが欲しかったんだけど予算オーバーで買えなかったの。それで、このペップにしたんだけどよく走るし、いい自転車だよ。」
やった! 幸太は心の中でガッツポーズをした。できれば美戸と同じ自転車にしたかったが、自分から言い出すのは気が引けた。何より美戸に嫌な顔をされたら立ち直れない。
店長も一瞬、いいのかな?という顔をしたが、
「ペップか。確かモデルチェンジして少し値上がりしたんだよね。もちろん、その分良くなっているらしいけど。」
店長曰く、ペップことPep cyclesは2018年に日本で立ち上げられた新しいメーカーで今のところNS-S1という1車種だけのラインナップだが、手頃な価格で色々なことに使えて長く乗れるをモットーにした自転車を販売している。値段は税込115500円。これなら、他に必要な物も買えそうだ。ちなみに美戸のペップは1世代前で初代モデルのNS-D1である。
サーリーのクロスチェックとの一番の違いは、Pep cyclesの自転車はマウンテンバイクに良く使われているディスクブレーキを採用していることで雨の日やオフロードを走ってもブレーキの効きがあまり落ちない。デメリットもあって普通のリムブレーキに比べると重量が重くなる。
サーリーにもストラグラーというクロスチェックをディスクブレーキにしたようなモデルがあるが、値段的にはクロスチェックより大分高くなる。
「君は雨の日でも乗るのか? そうでなかったらあまり意味ないぞ。」
幸太は別にブレーキが何でもよかった。ただ美戸とお揃いの自転車にしたかっただけだ。取ってつけたように答えた。
「そうですね。ちょっとした雨なら通学で乗ります。」
ふむ。店長は幸太をじっと見たが、それ以上は何も言わずノートパソコンのキーボードを叩いた。
「グリーンのMなら在庫はあるね。」
「じゃあ、それでお願いします。」美戸の気が変わる前に幸太は即答した。
「変速はどうする? 買ったままだとシングルスピードで変速はついてないけど、ペップはリアホイールを交換せずに多段化できる。美戸のは、シマノのDeoreというパーツでリアを10段変速にしていて、カセットスプロケットとRディレイラーとシフターとチェーンとシフトワイヤーの追加購入で15000円くらい。11速にもできるけどもっと高くなる。9速だと逆に安くなるが、少し変速の範囲は狭くなる。10速が無難かな。工賃はオマケしておく。」
「ありがとうございます。では10速で。」
結局、さらにスタンド、リアラックを付けて、その他にチェーンロック、小さなライト、リフレクター、ズボンの裾を巻くバンド、自転車カバーを買うことにした。空気入れや工具は高校の部室にあるし、美戸と一緒に行動している分には美戸のを借りればいい。
店を出ると、美戸は自分の家はここの団地の中だからと言って手を振って帰って行った。幸太はバスで家に帰ると、両親に買う自転車が決まったと説明して、お祝いのお金をもらったのであった。
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