第15話 Dam

梅雨に入る前のある日。今日は日差しは強いがからっとした、初夏を思わせる陽気だ。


美戸と幸太は午前9時に高校で待ち合わせると、いつものようにポタリングに出発した。


高校から新花通り、新所沢街道を走ると、野火止用水に出る。用水沿いの左側の道は交通量が少なく、木々が生い茂り涼しい。美戸はバックミラーで常に幸太をチェックしていた。ペースが落ちたり、疲れが見えたら、すぐ休憩にするのだが、今日は体調が良いのか、ここまで美戸について来れている。


新青海街道を渡り、西武多摩湖線の八坂やさか駅前から多摩湖自転車道に入る。一直線の道をウォーキングやジョギングをしている人たちをかわしながら、美戸と幸太は進んだ。程なく武蔵大和駅に着いた。ここから自転車道は登り坂になっている。けっこう急な坂だ。


「うげ。」


幸太はうめいた。高校からここまで坂らしい坂はなくて楽だったのだが、、。幸太は仕方もなく美戸に続いた。


「佐藤くん、この坂は長くないよ。無理しないでも大丈夫!」


幸太の気持ちを見透かしたように、美戸が振り返って大声を出した。幸太がゆっくり登っていくと交番が見えて来た。交番の前を右に折れる。丘の上に湖があった。


「着いたよ、ここが今日の目的地の多摩湖だよ〜。」


多摩湖、正式には村山貯水池は昭和2年に完成した上水道用の人造湖である。多摩川の水を貯め、武蔵野市のさかい浄水場に水を送っている。その地下の水道管の上に整備されているのが、多摩湖自転車道なのであった。


人造湖とは言え、作られてから100年近く経つと何となく自然の一部に見えるのが不思議である。周りにはその間に開発された民家や店が立ち並ぶ。このダムが決壊したら、とんでもないことになるな。不謹慎なことを幸太は考えた。


美戸と幸太は堰堤えんていに並んで、湖を見た。湖面が日差しできらきら光る。美戸の顔の汗の粒もきらきら光っている。美戸先輩、可愛いよな。幸太は湖面と美戸の横顔をかわるがわる眺めた。




「ひがっしむらやま〜、庭先や多摩湖〜。狭山さやま茶どころ。情けが厚い。東村山四丁目。」


美戸が唐突に歌い出したので、幸太はびっくりした。


「その歌聞いたことがあります。志村けんが歌ってましたよね。あっ、そうか。ここがそうなんだ。」


「志村けんは東村山の出身なんだよ〜。ちなみに志村けんの『東村山音頭』は替え歌でオリジナルじゃないよ。」


ここから多摩湖自転車道は更に延びて多摩湖を一周できる。途中には、昭和9年に完成した狭山湖(正式には、山口貯水池)がある。そこの眺めも良いので、美戸は自分一人の時やリンが一緒の時は狭山湖まで足を伸ばしている。だが、そこまで行くのは幸太にはまだ無理だね、と美戸は思った。


でも、今日は高校から多摩湖までの1時間ほどを休憩なしで来れたのだ。美戸が思っているより幸太の成長は早い。これなら美戸が高校を卒業するまでには、狭山湖まで行けるようになるんじゃないか?


「佐藤くん。帰りはヒラツカでパン買って部室で食べよう!」


美戸と幸太はペップを漕ぎ出した。

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