第16話 Vegetable

ある日の放課後。


幸太と美戸は部室のテーブルの上を見つめていた。電気コンロの上の鍋がフタの隙間から白い湯気を出しながら、コトコトと音を立てている。美戸のスマホのタイマーが鳴った。


「そろそろ、いいかな。」


美戸は電気コンロのスイッチを切ると、鍋の蓋を取った。もあっと湯気がたちのぼる。菜箸で中身を取り出すと皿に置いた。


「はい、塩。熱いから気を付けてね。」


幸太と美戸は塩をふって、黄色に輝くトウモロコシにかぶりついた。


「「美味しー。」」


二人の声が被った。


自転車乗りに、おやつはつきものである。理屈を言うと、自転車は有酸素運動なので脂肪を燃焼させて云々となるのだが、とにかく自転車に乗っているとお腹がすくのだ。美戸は幸太の倍は食べるが、すらっとした体型だ。そんなポタリング部の部室には、美戸の好みで煎餅や飴玉、羊羹などのお茶菓子が常備されていて、勉強やおしゃべりをしながら、それらをつまんでいる。


最近は、それに野菜や果物が加わるようになった。


幸太や美戸が住んでいて、東京都立東久留米中央高校のある東久留米市は、かつては農村地帯だった。今ではすっかりベッドタウン化しているが、まだ少なからず農地が残っていて、直売の新鮮な野菜や果物を購入することができる。


農家は朝が早い。美戸は登校前にペップで寄り道して良さそうな野菜があると買って来ていたのだが、最近その野菜を幸太におすそ分けしてくれるようになった。それはトマトだったり、キュウリに味噌をつけて齧ったりしている。


野菜が苦手な幸太だが、トウモロコシとかトマトなら食べやすい。最も美戸が買って来てくれた野菜を食べないという選択肢は幸太にはなく、それがピーマンであれニンジンであれ、幸太は食べるしかないのであった。


さて、美戸はなぜ幸太に野菜をおすそ分けしてくれるのだろうか?この前ポタリングが中止になって、美戸の家でお昼を食べた時、幸太がうどんに入っていた野菜をしぶしぶ食べている顔が可愛かったから、ではない。別の理由がある。


美戸はお昼は自分で作ったお弁当を部室で食べている。幸太はそれを知っているはずだが、昼休みは部室に来ない。不思議に思って、幸太のクラスメートで美戸の幼馴染であるリンに幸太の昼休みの様子を聞くと、幸太の昼食はコンビニで買ってきたらしきアンパンかメロンパンと牛乳で、たまにカレーパンにコーヒー牛乳なのだそうだ。それを、もそもそと食べると歯を磨いて、残りの時間は机に突っ伏して死んだように寝ているとのこと。


さりげなく幸太に尋ねると、幸太と同じように病弱な幸太の母は朝は起きるのがやっとで料理はできず、幸太の朝食はコーンフレークにヨーグルトと果物。あとはお茶を飲むくらい。幸太の父はそれでは足りずファーストフードで食べたり、コンビニで買ったりしているらしい。夕食はほとんど手伝いに来てくれる祖母が作ったものを電子レンジで温め直したものなのだそうだ。


そんなので良いのかな?と美戸は思った。幸太の母も病弱で色々難しいのであろうが、育ち盛りのうちにちゃんとしたものを食べさせないと、ずっと病弱のままなんじゃないか? 美戸には関係のないことと言ってしまえば、それまでだがポタリング部の先輩として自分ができることがあるならしてやろう、そんな気持ちがあった。


週1、2回、美戸が買ってきた野菜を食べさせても、体調にはあまり変わりはないのかも知れないが、塵も積もれば山となるという諺もあるし、野菜を食べる習慣を付けさせる役には立つだろう。もちろん、野菜だけじゃなく肉や魚も食べた方がいい。それは何か別に考えよう。そんな美戸なりの親心?なのであった。


美戸は自分が世話好きな人間だとは思ったことがない。 してみると幸太には世話を焼きたくなる何かがあるのかもしれない。


「来週は、枝豆が出るってさ。」

「楽しみです。」


幸太は美戸に子どものような笑顔を見せるのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る