第48話 Nathalie
文化の日。
幸太の両親と祖父母は幸太の高校の文化祭に揃って自転車で行った。幸太の両親は、それぞれ
去年、カフェの模擬店で評判となった幸太のクラスは再びカフェを開いた。今度は教室だけではなく校庭の一部でオープンテラスの席も用意している。多くの客が詰めかけ、大盛況であった。けっこう順番待ちの行列ができていて、病弱な祥が待っていられるか心配だったが、幸太の父に一度お昼をご馳走になっていたリンが目ざとく見つけて特別に来賓客用の席に案内してくれた。
「このコーヒー美味いですね。」
「俺が儲けなしで用意してやったからな。うちのモーニングより良い豆を使っているんだ。」
「このクッキーも美味しいわ。」
「これなら店でも出せるわよ。後で幸太に誰が作ったのか聞かなくちゃ。」
コーヒーを飲んでポタリング同好会の部室に行って美戸に挨拶して展示を見た後、幸太の父は散髪に行き、祖母は夕食の買い物に出かけた。
「じゃあ、お父さん。私は帰るわ。」
「ちょっと待て。うちでカフェオレでも飲んでいかないか?」
少し後、祖父と母の祥は『喫茶ナタリー』でカウンター越しにに向かい合っていた。祥は祖父が淹れたカフェオレを飲みながら言った。
「喫茶店を継ぐのはもちろんいいのよ。でも今時、高卒ですぐ自営の手伝いなんて世間が狭くならないかしら。大学か専門学校でもっと勉強して友達も作って、もう少し大人になってからの方がいいと思うの。」
「いきなり喫茶店を継げる訳じゃない。三年位は一緒にやって引き継いでいかないと。幸太が大学に行きたいというなら仕方ないが、俺ももうすぐ70だ。あと7年、俺も母さんも元気でいられるか、分からんぞ。」
「うーん。」
「ところでさ、なんでこの店『ナタリー』って名前なの?」
「なんだ、今更?」
「今まで自分や幸太のことばかりで周りのことに頭が回らなかったのよ。最近、色々考えることができるようになったの。今更だけどね。」
「まあ、いいさ。俺が若い頃流行った歌で、フリオ・イグレシアスという歌手に『黒い瞳のナタリー』という歌があるんだ。この店は黒目川のほとりにあるから『ナタリー』にしたのさ。あと母さんが好きなジルベール・ベコーというシャンソン歌手にも『ナタリー』という歌がある。」
「ふーん。」
「レコードがあるから、かけてやるよ。」
甘い男性ボーカルのバラードが流れた。それを聴きながら祥は呟いた。
「幸太とあの娘はどうなるのかしら。」
「あんないい娘ちょっといないぞ。優しくて賢くて面倒見が良くて。幸太が将来あの娘と結婚することになっても俺や母さんは何の不満もないぞ。」
「やけにあの小娘の肩を持つじゃない。」
「あの娘を逃したら、幸太はもう結婚できんかも知れん。誰が幸太の相手になってもお前を満足させることはできないんだから、そっと見守ってやれ。」
「ふん。」
「でもとうとう、ここまで来たのね。幸太がお父さんとお母さんの夢を引き継いでくれる。」
「幸太が幸せになってくれれば、それでいいのさ。俺や母さんの夢はおまけだ。」
二人は顔を見合わせて笑った。
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