朝鮮出兵 終結

長年に渡って行われてきた朝鮮との戦いの終結は突然訪れた。


1598年。

戦国時代をのし上がっていった天下人、豊臣秀吉が他界したのだ。

終結させたい三成の想いは実現できたが、こういう形は望んでいなかった。

秀吉の死は日本にとって失うものが大きい。


朝鮮と休戦は結べたものの、何も得ることなく日本に戻るだけとなった。

そこに天下人はいない。

諸侯たちの不満は三成に降りかかる。

そこのほころびを徳川家康が狙う。自分が次の天下人へとなるために。



博多港には命からがら撤兵してきた者があふれていた。

勇将加藤清正といえども、いつ死んでもおかしくなかった壮絶な戦いであった。

満身創痍で港に降り立った。

秀吉亡き今、朝鮮出兵の実質的な責任者は取り仕切ってきた石田三成となっている。無事とは言えないかもしれないが、なんとか帰国についた諸侯たちをねぎらわなければいけない立場だ。


「清正殿。朝鮮ではご苦労様でした」

頭を垂れて感謝の意を伝えたが、加藤清正は話す気も起きなかった。

不満げににらみつける。


「秀頼様へご挨拶をされた後は、国許で十分休めるように手配してあります。来年になりましたら、今回の労をねぎらうための茶会でも開催致しますので、それまで十分な休養をとって頂ければと思います」

こんな休養で不満が解消できるわけがないことは分かっていたが、それでも今できることを粛々と行うしかない。

「ふざけるな。何が茶会だ。こちはら異国の地で食うこともできず、茶会など開いている場合ではなかったわ」

清正の怒声を三成は黙って受け止めるしかなかった。不満をぶつけられるのも責任ある立場の務めであろう。


怒りが収まらない加藤清正は三成に食って掛かる。

「お前なんか戦いもしなかったくせに。まあ戦場に出たとしても島左近がいなければとっくに死んでいるな。無能なくせに大将気取りとは笑わせてくれる」

八つ当たりのような言い草である。


あまり酷い言われようだと、そんな私に仕えてくれる家臣に申し訳なくなる。言い返さないだけが良好な関係を築けるわけではない。

「確かに仰る通りだと自分でも思います。ですが大将は無能でも部下たちはとても優秀です。武力なら島左近がおる。戦略なら大谷吉継がおる。彼等がよく働いてくれるおかげで、私は違うことに力を注ぐことができます」

「違うこととはなんだ? 先頭で戦うこともできない奴に何ができるというのだ」

「民のことを考えられる。民の幸せの為に力を使うことが大将の勤めだと心得ています。」

「民を守る力もないくせにか」

「だから島左近がいるのです」

「ふん。虎の威を借る狐とはお前のような男を言うのだな」


清正の捨て台詞に、三成は少し大きく息を吸った。

「できないことをやろうとするから人は失敗をする。自分の得意なことを全力でやるのは恥じることではない」


つい声を荒げてしまって、自分はけっこう短気だなと心の中で三成は苦笑した。

少し落ち着きを取り戻して、分かってもらえるように説明をする。

「狐であっても、数頭の虎を使い分けることが出来れば結構強いです。狐が虎になろうとするのではなくて、狐でも世の中の為になるにはどうすればいいかを考えることが大切ではないでしょうか」

信念をぶつけてみた。

それを理解できるような御仁でないことは重々承知をしているが、それでも人間の可能性に賭けてしまう。


そんな崇高な想いは今回も打ち砕かれた。

口ばかり達者な奴に言い負かされたと憮然とした表情のまま、清正は去っていった。

その姿を見送りながら、三成は再度頭を下げた。

水と油のごとく合わない二人であったが、根っからの悪人というわけではないから嫌いにはなれなかった。


自分のことなんかより万民のために動くことが彼には理解できていないだけだ。

「使いようなのだ。目先の利益で動くのが人間。考えることは私がすればいい」

自分に言い聞かせるように三成は心の中でつぶやいた。



二度に渡った朝鮮出兵であったが、得たものは何もなく、ただ豊臣政権内での亀裂が顕著になっただけとなってしまった。

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