大一大万大吉

『大一大万大吉』と書かれたものを、友である大谷吉継おおたによしつぐに見せた。

「これを合戦の時に掲げる私の旗印にしようと思う」

石田三成は自信満々に宣言した。


「ほう、文字にしたのか。武田信玄が使った風林火山のようだな。それでこれにはどんな意味があるんだ?」

大谷吉継のまずは否定をしないで、その理由を聞く姿勢が好きであった。

「これは、だいいち だいまん だいきち と読んで、昔の武将が使っていた言葉だそうだ。一人は万民のために、万民は一人のために尽くせば、天下は幸せになれるという意味らしい」

「三成殿らしい言葉だな」

吉継に評価してもらえたことは嬉しかったが、ただちょっとだけ違っている。

自分は迷いなくこの言葉のように突き進められるかというと、そこまでの聖人ではない。

「私の理念に近い言葉ではあるが、実はそんな理想を真っ直ぐに追いかけることができる程、私は善人ではない」

「どういうことだ?」

吉継の疑問に答えるように三成は説明する。

「まず私は、自分や家族や友人さえ幸せに暮らすことができればそれでいいのだ。極論を言えば、会ったこともない他人がどうなろうが知ったことではないなんて思いもある」

掲げる旗印の理念とは真逆とも思える考えに吉継の疑問は更に深まった。


三成はそうなることは想定済みといった感じで説明を続ける。

「大切な人たちが幸せに暮らしていけるには、天下が良くならないといけない。だから天下を良くする。自分さえ良ければという視点を本気で考えてみると、世の中が良くなることこそが、自分が良くなる最短の道ではないかと思ったのだ」

「あはは。聖人のような真っ直ぐな心はなかなか持てるものではないが、平穏な生活をしたいという欲を持つことは皆ができる。その欲を本気でかなえるために力を尽くそうというところがお前らしいな」

「そうだな。きっと最初にこの言葉を作った者は理想に満ちあふれていたのかもしれない。うちらにはそんな清い心はないが、偽善であっても良いことをすれば、動機が不純でもいいのではないだろうか」

「おいおい、私まで清い心がない方に入れられているのか?」

「お前に清い心があったのを、私は一度も見たことがないぞ」

友と本音で語り合えることはすごくありがたいことである。

これが気の置けない人ではなかった場合、偽善で良いことをされても相手は喜ばないなどと怒られてしまうであろうから。


「・・・三成殿の性格をちゃんと理解している者は、きっと少ないだろうな」

吉継は少し寂しそうな表情をしながら語り出した。

「多分、みんな面白みのない変わった奴だと思っていることだろう。この旗印も、あいつらしい理想ばかりを目指しているとなってしまいそうだ。加藤清正殿とかも、本気だからこそ衝突するということまで考えてくれたら、揉めることも少なくなりそうなのだがな」

「仕方が無い。いくら説明しても一度偏見に持たれてしまうと、嘘を言っているだけと思われてしまう。でも敵も多いが、吉継殿のように仲良くしてくれる友もいてくれるぞ。私にはそれだけで十分ありがたいことである」

三成は言葉の駆け引きを好まない。感謝していると思ったことは真っ直ぐにそのことを表現する。


大谷吉継は少し話題を変えるように旗印に目を移した。

「では、私もその旗印の賛同者の一人として、天下の為に頑張るとしよう。もちろん頑張ったあかつきには、天下は私に金銀財宝をくれる為に尽くしてくれるのだろう?」

「きっと押しつぶされるくらいの金銀が天から降ってくるかもしれないな」


世間知らずが綺麗事を語るような理想家ではない。

痛みも悲しみも知る両名だからこそ、良いことをすることの意味を本当に分かっているのである。

自分が出来る良いことを全力でやれば、それはきっと万民が求めるものに繋がるであろうと信じて。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る