小牧・長久手の戦い

1584年。

織田信長の次男の信雄のぶかつは、自分のことをないがしろにする豊臣秀吉のことを良く思っていなかった。

だが一人で対抗するわけにもいかないので、東海地方に勢力を持つ徳川家康と手を組むことにした。

家康としても秀吉の勢いを止める最後の機会を活かした。

こうして手を組んだ織田・徳川同盟は各国に強烈な印象を与えることになる。

そしてこれに呼応する形で、四国の長宗我部、関東の北条、北陸の佐々も参戦し、秀吉包囲網の完成となった。

豊臣秀吉 対 徳川家康。

天下に名を轟かせる二人の、最初で最後の直接対決が実現した。



戦いに発展したものの、相手の戦上手を知っている二人。いくつかの小さな衝突の後は本体同士が城を構え、お互い手が出せずに膠着状態となった。

持久戦は家康の得意とするところでもある。


にらみ合いを打開するための軍議が秀吉本陣で開かれた。

その場に居合わせたのは豊臣秀吉の他、石田三成、池田恒興いけだつねおき森長可もり ながよし、その他そうそうたる面々の武将たちである。


「目の前の家康の軍を無視して、奴の本拠地の岡崎城に奇襲をかけさせて頂きたい。そうすれば家康も引き返さざるを得なくなる。そこに岡崎城を制した我々と、秀吉様の本体で挟み撃ちをすれば勝利は間違いないでしょう」

手柄をたてたい池田恒興が一つの作戦を提案した。

悪くはない作戦であった。

だがその為には奇襲に成功する必要がある。どうすれば成功できるか皆で考えねばならない。


「兵数はどのくらいを考えているのですか?」

石田三成は具体的に内容を詰めていく。

だが戦いで勝つことしか興味がない武将というのはこういう細かい話が疎ましい。

「留守番しかいない岡崎城なんか2万人で包囲すれば簡単に落とせるであろう」

恒興の口調はぶっきらぼうである。

織田信長の頃より仕えていた重臣。若造の三成がこの場にいることすら愉快ではない。

「2万もの大群。移動も簡単ではありませんし、それでは家康に見つかってしまいます」

三成に否定されてますます面白くない。

「だったら10人で行って、岡崎城で私に戦死しろとでも言うのか」

恒興の小馬鹿にした発言を否定したい気持ちはあったが、そんなやり取りをすることすら無駄であるため三成は言葉を飲み込んだ。

どうしてこういう者とは会話にならないのだ。相手を言い負かすことばかりに終始してくる。


「家康には伊賀の忍も付いております。残念ながら我が軍にも密偵が入り込んでいるでしょう。奇襲作戦が漏れる可能性が高いです」

秀吉に伝えることで、彼から止めてもらうしかない。

「私の部下に裏切り者がいると言いたいのか。部下を信頼出来なかったら勝てる戦も勝てなくなるわ。そもそもお前の発言は裏切り者を見抜くことができない、ここにいる諸将が無能と言っているようなものだぞ」

口を挟まれると話がややこしくなる。勝手に悪く解釈した印象を吹聴して、意見が違う者を貶めようとする安易なやり方。


ちゃんと情報を集めて、それを元に判断したいだけなのに、情報よりも感情だけで動く人がいかに多いことか。

どこに行ってもこんな人ばかりである。

こうなっては正論を言っても、絶対に認めないという意識に支配されてしまう。


秀吉はさすがにそんな口車の影響を受けることはなく様子を見ていた。

『石田三成 対 その他の武将』といういつもの構図であった。


三成という男は不思議なやつよ。

秀吉は彼らのやりとりを傍観しながら考える。


武力を測るには戦わせてみればいい。

知力を測るには学問の成績を見ればいい。

そして人間の器の大きさを測るには三成と話してみればいい。彼の言うことに反発するかどうかでなんとなく見えてくるのう。

戦略よりもそんなことを考えていた。


決断しない秀吉に対して池田恒興は業を煮やして詰め寄った。

「信長様と共に数々の戦をくぐり抜けてきた私と、二十歳そこそこの経験も乏しい若造のどちらを信じるのですか?」

秀吉としても信長の家来として共に戦ったかつての同僚の恒興に配慮をする必要があった。

ただそんな配慮がなかったとしても、ここは彼の望む通りにしてみてもいいだろうと思えた。


黒田官兵衛がここにいたら三成の意見に賛同して、諸将を思いとどまらせることができたであろうな。

池田恒興もここまでの人物といったところか。

秀吉の気持ちにそんな諦めのような感情が沸き起こった。

上手くいけばしめたもの。失敗しても失うに惜しいわけではないか。



そしてこの作戦の結果は、家康に見抜かれて奇襲部隊が襲われてしまうことになった。

池田恒興、森長可は戦死。

徳川家康が豊臣秀吉に勝利したという実績を与えることになってしまった。

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