大阪城の茶会
石田三成の昔からの友であり、お互い切磋琢磨し合う仲間でもある大谷吉継は、この頃になるとハンセン病を患っていた。
顔は火傷をしたみたいに赤くただれている。醜い姿で不快に思われないためと感染の予防の為に、人前に出る時は頭巾を被っていた。
1587年。
大阪城で秀吉が主催する茶会が開かれた。
秀吉恩顧の大名が参列する大規模なもので、もちろん石田三成と大谷吉継も参列していた。
そこでは茶碗に入ったお茶を一口ずつ飲んで次の者へ回していくことが行われる。
大谷吉継は、後の者が病気の自分が飲んだお茶に口を付けることを嫌がっていると知っていた為、この日も飲むふりだけをしておこうと思っていた。
ふくさの上に茶碗を乗せ、二度回した後に口を付けるふりをしようとしたその時である。
ただれた顔から出た膿が頭巾の隙間から落ち、茶碗の中に入ってしまった。
ぽちゃんと落ちて波紋まで広げてしまったその光景を、明らかに皆にも見られた。
横を見なくても次に飲む者の顔が引きつっているのが分かる。
どうすべきか。素直に話して変えてもらうか。それともこのまま次に回すべきなのか。
何もできず動きが止まってしまった。
茶会を大切にしている秀吉様の前で無礼な振る舞いはできない。
次の者も口を付けるふりをしてくれればいいだけだ。残りの全員がそうしてくれたら波風をたてることもなくなる。
頼むから私の意図を察してほしいと心の中で願いながら、膿が入ってしまったお茶を作法通りに次の者との間に置いた。
だが次の者は茶碗を手に取らない。
どうした。飲むふりをしてくれればいいのだ。
分かるだろ。
吉継は強く願ってみたが、一行に動く様子がない。
なんたる不覚と、場合によっては切腹すら覚悟しないといけないと思った矢先に、末席の方から声が上がった。
「吉継殿。何をしている。私は喉が渇いて待ちきれない。先にもらうぞ」
石田三成の声である。
そして置いてある茶碗を手に取り、ためらうことなく口を付けると、そのまま一気に飲み干した。
呆気にとられている諸将のことは気にもせず、秀吉の方に向き直る。
「秀吉様に点てて頂いたお茶があまりに美味しくて全部飲んでしまいました。もう一服お願いできないでしょうか」
「そうかそうか。そんなに美味しかったか」
秀吉は怒るどころか、満面の笑顔で三成の要望に応えた。
それはお茶を褒められたからだけではない。
三成の友を思う心意気と行動力が嬉しく感じられたからであった。
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