忍城攻略
1590年。
天下をほぼ手中に治めかけていた豊臣秀吉は、最後の締めともいえる関東の北条攻めを行った。
石田三成は秀吉率いる本隊とは別の、北条配下の諸城を攻略することになった。
三成が攻略を命じられたのは
300人の兵で籠城する忍城側に対して、三成は2万の大軍で城を包囲した。
「強いな」
湿地の中に浮かび上がる忍城を視線の先に置き、小高い丘の上に立ちながら総大将の石田三成は正直な感想を口にした。
三成の隣には大谷吉継、
簡単と思われた籠城戦攻略は、様々な抵抗にあい苦戦を強いられていた。
地形の利も相手方にあった。
「私は戦の才能はそこまで優れていない。でも大谷吉継殿、真田昌幸殿という戦略に優れた両名がいて勝てないのだから忍城は強いのだ」
三成は客観的に物事を見ることができて、それを正直に言う。
利点ではあるが、直情的な人から見たら「指揮が下がる」や「やる気がない」など批判されてしまう部分だ。
真田昌幸が一歩近寄り言葉を発した。
「策略が通じるのは人間の欲に付け入るからだ。だが彼等にはその欲がない。だから強い」
三成は戦略家の言葉に大きくうなずき、右手を頭の付近まで挙げた。
「勝てない理由が3つあると思う」
発言と共に指を三本たてる。
大きく宣言したものの、自分の言葉が聴衆を魅了するものでないことは分かっているから、理由を聞きたいかと遠慮がちに周りに確認してみた。
吉継たちの反応があってから声を発する。
「一つ。地の利が相手にある」
湿地帯にそびえ立つ忍城である。沼や河川を堀として有効活用し、思うように進軍することができない。
これはみんなが納得する理由である。
「二つ。現場を見ていない秀吉様から作戦指示が届く」
悪口に捉えられかねない発言であるが、ここにいる仲間の人間性を信頼してのものであるし、実際そうなのだから濁して言うような茶番をする気はない。
豊臣秀吉からの指示は水攻めで城を沈めてしまうものであった。利根川を利用とした全長28キロメートルになる巨大な堤防を作れという。
作る困難は当然のことであるが、補修も必要となるだろうし、巨大な堤防を守るために隅々にまで目を光らせることは不可能に近い。
堤防なんて一カ所破壊されたら、そこから水が溢れ出してしまうのだから。
それを遠く離れた地にいる者が指示を出すのだから上手くいくわけがない。そうと分かっていても指示を出されてしまったら無視するわけにはいかなくなる。
「そして最後の三つ目」
三成はそう言うと少し間を開けた。
真田昌幸は三成を注視する。最初の二つは自分も分かっていたことだ。大きな理由はその二つであろう。
他に理由などないと思われるが、三成は自分も気付かないようなことが分かったというのであろうか。
「三つ目は・・・ 私は忍城にいる人達が好きだ」
全く戦略に関係のないことを言われて真田昌幸も笑うしかなかった。大真面目な顔をして言うこの男が嫌いではないと思った。
その男は言葉を続ける。
「忍城の中には兵士だけではなく、農民や女性たち。僧侶までが領主を守るために一緒になって戦っている。そんな慕われる領主こそ日本にとって必要な人材であろう。そして女性であるにも関わらず、堤防の破壊活動や防衛のために戦う
「私もその意見に賛成だな。毎日酒を飲んで人を殺した数を自慢する味方の武将より、よほど好感を持てる」
三成の旧知の仲である大谷吉継が賛同してきた。
「でも今は戦の最中。好きだからといって手を緩めるわけにはいくまい」
友であるからこその本音をぶつけ合うやり取りである。
「そうだな。彼等が本物であれば我が全軍の攻撃でも守り切れるかもしれない。期待するわけには行かないが、できれば殺さずに済むことを願う」
その後、石田三成は部隊を3つに分けて忍城を三方向から同時攻撃を開始した。
守備隊はそれをも跳ね返す。
そんな戦いをしている最中に豊臣秀吉が北条氏の本城である小田原城を降伏させた。忍城の守備隊も当主が秀吉に降伏したのであれば、もう守る意味がない。一ヶ月間守り切った自負を持って堂々と降伏をした。
忍城攻略できなかったことで他の武将たちからは馬鹿にされるであろう。
そんなことは些細なことであると三成は思う。
自分が馬鹿にされるよりも、日本に必要とされている人材が生きてくれていることが何倍も大切なことだから。
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