太閤検地

検地を進めていくべきであると三成は思う。

現在は異なる升や物差しを使って年貢米を測ったり土地の計測をしているが、これからは統一した物を使い、みんなが同じ基準で不公平がなく年貢を納めるべきだからだ。


そして、その背後にある大きな問題に切り込んでいかないといけない。

それはわざと田畑の大きさを小さく申告している者がいたり、貴族や寺院の流れを組んだ者が、広大な田畑を自分の領地としていたことである。

そこを整理することが検地を行う一番の本丸である。

田畑は実際に耕している農民のものにして、そこから年貢を大名に納めるという当たり前の構造にすべきである。

途中に君臨する貴族や寺院などが上前をはねたりしてはならない。


この当たり前のことをするだけがいかに難しいか。

三成は言う。

「志しある者が戦う相手は悪人ではない。想像力の乏しい民衆だ」と。

利権を失いたくない僧侶の、神を利用した反論を鵜呑みにしてしまった者。

利権を失いたくない貴族の、とってつけた批判を鵜呑みにしてしまった者たちである。


検地を指揮する石田三成のところには、今まで恩恵を受けていた連中が邪魔をしてきた。

武力を持って抵抗してくる分には制圧をするだけであり話は簡単なのだが、問題なのは弱みを作ろうと巧妙に賄賂を渡してきたり、人脈を使っての圧力であった。

それら全てを三成は毅然とした態度で退けてきた。

三成が無理と分かると、今度は周りの武将をそそのかして邪魔をしてこようとしてくる。

秀吉配下の武将全員が賄賂を断れるわけがない。



「そこまでやる必要はないんじゃないか?」

加藤清正が珍しく話し合おうという姿勢をしてきた。

三成は軽く相槌を打つだけで、とりあえず清正の言い分を聞こうと思った。

「俺だって申告している土地の広さが正確ではないことくらい知っている。だがそれを正すと奴らを敵にすることになる。曖昧なままがいいこともあるんじゃねえか?」

「私も同じ見解です」

三成が同意したことで「だったら」と言おうとする清正が口を開く前に、遮るように三成は話し始めた。

「でも本来は当たり前のことをしようとしているだけです。それで敵になるのはお門違いというものでしょう。私は万民がこのような醜い考えを持たない世の中にしていきたい。自分だけは得をしてやろうという浅ましい考えを持たない、みんな平等で良かったと思えるような」

清正には何も言い返すことが出来なかった。

だからといって納得するのも癪である。

ただただ三成のことがいけ好かないという印象だけが清正の胸に残った。



「あそこの土地は俺らが測ることにするからよ」

今度は福島正則が提案してきた。

彼がそんな面倒な仕事をしたがる訳がない。おおよそ貴族たちに接待でもされて唆されたのであろう。

「申し出はありがたいのですが、この検地は間違うわけにはいきません。そのため私が全責任を持って行っていきます。責任の所在をはっきりさせることが物事には重要なので」

三成は敢えて『間違う』という言葉を使った。本当は『不正』と言いたいところだが、例え敵対心を持って構えている者であっても配慮は忘れない。

それでも正則は突っかかってくる。こうなると引き下がれるだけ加藤清正には救いがあると思える。

「俺が間違えるとでも言いたいのか」

「ここで間違えると思うというと角がたってしまいます。正則殿も分からないわけがないのに、それを承知で聞いてくるのですから意地悪です」

勢いだけで聞いた正則であったが、理解力があるはずだと褒められてしまうとそれ以上言い返すことができない。

貴族たちからの謝礼をもらい損なったことを苦々しく思いながら退席をした。


三成は「普通なことをしたいだけなのだが」と思いながら、天を仰ぎ大きくため息をつくことで気持ちを落ち着かせた。

本気で改革しようとしている者は、何も考えていない者にとって、平穏を乱す奴としか認識されないようだ。

弱者のため、万民のためと思って改善を行っていくほど嫌われていってしまう。

そうなると理由なんて何でもよくて、正しいことをやっても、それが悪いと言われてしまい、加藤清正や福島正則たちとの亀裂は深まっていった。



検地は着実に成果を上げていった。

農民からの年貢を正確に測れるだけではなく、家臣への俸給もこれによって分かりやすくなった。

不公平がなくなり、皆が喜んでくれるものであるが、実行できたのは太閤となった秀吉様がいてくれたからであろう。

石田三成だけであったら、賄賂をもらった仲間の武将たちに潰されていたであろうから。

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