島 左近
柴田勝家との戦いに勝利した秀吉は、天下取りへ諸大名より一歩抜きん出た。
勝利の功労者は、戦いでは加藤清正に代表される七本槍と呼ばれる武将たちの活躍である。
石田三成も大谷吉継と共に戦い抜いたが、彼が大きく評価されたのは戦いよりも、勝利を確実にするための戦略や資材調達といった準備にあった。
その功績により俸給は四万石まで加増される。これは七本槍よりも大きな加増であった。
三成は俸給の使い道は決めていた。
筒井家の悪政に見切りをつけて浪人となった猛将の
島左近は勇猛なのはもちろんであるが軍略家としても評価が高い。そのため複数の士官の話があったが全て断ってきた。
「どうして私のところに来たのだ?」
「左近殿は優れた人物だと聞いたからです」
自分よりも倍近く生きてきた左近から威圧的に質問をされたが、臆することなく三成は正直に答える。
「噂なんてあてにならぬものだぞ。実は怠け者だから、こうしてその日暮らしの生活をしているかもしれないではないか」
「だから直接会いに来たのもありますが・・・ 私は信頼している者の言葉は全て信じることにしています。まずは信じてみる。そして違っていたら直せばいい」
「あはは。そんな甘い考えでは戦国の世では早死にするな」
左近は豪快に笑う。
三成はいつも正直に答えるだけなのであるが、こうして笑われてしまうことが多い。
「だから死なないようにと、左近殿の協力が必要なのです」
「もしかしたら俺が寝首を掻くかもしれぬぞ?」
「確かにそうかもしれませんが。でも裏切られることはどうしようもないことだと思っています。大切なのは裏切らないことではないでしょうか。裏切らないことは自分の意思だけでできることなので」
真っ直ぐ自分を見つめてくる三成の目には一点の曇りもない。
こういう真面目な奴というのは損をすることが多いだろうなと、左近は感じ取った。多分周りに理解してくれる人は多くない。
筒井家の当主もこのように家臣を信じてくれる人物であったならば、自分は出奔することもなかっただろうと、当時のことを思い返してみた。
「なるほど。俺が必要な理由は分かった。だがこうして戦から離れて久しい。雇ってみたところで何の役にもたたぬかもしれない」
少し意地悪な質問をして三成を試す。自分の武力が衰えているとは思ってはいないが、どういう反応を示すのか興味があったからだ。
「だったら私と友達になってもらいたい。どうも私は友達が少ない。その反面、敵は多い。本当に困ってしまう」
三成の発言を聞いて、彼には自分を大きくみせたいという欲望はないのかと驚いた。自分の現状についても冷静に分析できるし、そのことを隠そうとかいう思いも見栄を張ろうとう意識もない。
そんなことの価値なんて、大事に比べたら価値もないと言いたいくらいに。
「しかも武力も乏しい。せめて自分の身くらいは自分で守れるくらいに鍛えているつもりだが、そもそも人を殺すのが嫌いだ。だからどうしても鍛錬に身が入らない。 ・・・というのは少し言い訳になるか」
三成は軽く笑った。
戦うのが嫌いな言い訳を正直に話すということは、武力が全てとされるこの時代では馬鹿にしてくれと言っているようなものだ。
左近は微動だにせず聞いている。それでも彼の魅力が直感的に伝わって口元が少し緩んだ。
正面にいるその人物は、そのことを感じ取っているわけではないと思うが、とまどうことなく話を続ける。
「それよりもだ。戦うことよりも興味がある物が出てきたというのが大きい。それは戦いのない世の中を作ることだ。それも今だけではない。戦いとなる不満の種を人々の心から無くして、今後何百年も争いのない世の中にしたい」
理想論を語る。こうなると先程の正直な会話も、夢想家の阿呆な発言だったのかもしれない。
「今ある戦いを止めることは英雄であればできるだろう。だが今後一切争いを無くすというのはどうやるのだ?」
左近は真っ直ぐに疑問をぶつけた。
「まず全員が守らなくてはいけない規則を作る。それを破った者は将軍であっても同等の罰を受けてもらう。そして身分によっての扱いの差を無くす。みんなが凄いという認識になってもらう。将軍は国を治めてもらって凄い。武将は守ってくれて凄い。農民は食べ物を作ってくれて凄い。どんな職業であっても自分よりも下の人間だという意識を無くすのです」
なかなか険しそうな道だ。
険しそうではあるが、この男ならやるかもしれない。
自分にはそんな大層な志しなどないが、せめて志しある者が進む道に立ちはだかる雑草を刈り取るくらいはしてやりたいと思えた。
「分かった。だったら友達として仕えることにしよう」
島左近は三成に生涯尽くそうと心の中で誓った。
だいぶ頼りない男ではあるが自分がそこを補えばいい。それに自分にはないものをこの男は持っている。
「では俸禄についてだが」
仕えてくれることを素直に喜んでいる三成に提案されるまで左近はそのことを忘れていた。
それくらい人物としての魅力に惹かれていたからだ。
俸禄はいくらでもいい。言われた値に従うことにしようと思う。
「私は四万石を賜っているから・・・ 友達ということで半分ずつでどうだろうか?」
「はあ?」
突然の提案に思わず素っ頓狂な声を上げてしまった。変な顔をしている左近を見て、改めて三成は告げる。
「えーと。半分の2万石ではだめだろうか?」
主君と家臣の俸禄が同じなんて聞いたことがない。
やはりこの男はだいぶ阿呆のようだ。
でもこのくらい阿呆ではないと、この魑魅魍魎がひしめく戦国の世に、希望の光を照らすことはできないであろうと思った。
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