伏見城の戦い

大阪城に集結した10万の西軍は、徳川家康打倒のために進軍を開始する。

しかし石田三成が挙兵したことに備えて、家康は要所である伏見城ふしみじょう鳥居元忠とりいもとただを残していた。

家康の罠とも言える見事な配置である。


「伏見城を見逃して進軍するわけにはいかない。さすがは徳川家康というべきか。実に巧妙に配置されている」

大谷吉継が広げた近畿地方の地図を前にして唸った。

伏見城を守護する鳥居元忠は名将であることもさることながら、家康が幼少の頃から仕えている忠臣である。

そんな仲間から長年慕われてきた人物が捨て石を買って出たのだ。

鳥居元忠を討ち取ることで、家康にとっても西軍を攻める大義名分が出来るわけだし、弔い合戦ということで味方の士気もあげやすい。

そこまで分かっていても、東に進むためには伏見城を攻める決断をするしかなかった。

1600年。

鳥居元忠率いる守備隊1800人に対して、西軍は4万人で包囲した。



「こんな城などは一斉攻撃で今日にでも落として、西軍の強さを見せつけてやりましょう」

伏見城攻略部隊の副将に任命された小早川秀秋こばやかわひであきは、西軍初陣の景気付けの戦とでも考えているようだ。

「籠城相手には3倍の兵力が必要というが、今回は3倍どころか20倍はあるぞ。これは圧勝だな」

秀秋の発言に賛同するような声があがる。


これに大谷吉継が待ったをかける。

「敵将の鳥居元忠をはじめ、兵士は全員死を覚悟している。単純に攻めても返り討ちに遭うでしょう」

圧倒的な大軍で攻められる高揚感に水を差された。発言を否定された小早川秀秋は面白くなさそうに顔を引きつらせた。

「どうやら大谷吉継殿は病気のせいで弱気になられたと見られる。これではせっかくの士気が下がってしまうではないか」


戦略においてはあまり口を出さない石田三成であるが、大谷吉継と同意見であった。

だからこのお祭りのような雰囲気に歯がゆさを感じる。

どこに行ってもこんな集団ばかりである。酒宴の場ではないのだ。

もっと真剣に計画を詰めていくべきなのに、それを面倒臭がる。

「ちゃんと作戦を練りましょう。役割を決めて誰がどこからいつ攻めるなどを話し合わないと」

三成は呼びかけてみたが即席で集まった集団に統率はなく、否定的な声があがる。

「あまり悠長なことをしていては、徳川家康の本体が到着してしまうではないか。それまでに京都は我々が押さえておかなければ」


無謀な突撃で城を落とせないことの方がよほど悠長である。

従ってくれる部下たちの命が掛かっているというのに。

「最善を尽くしても、それでも予想外のことが起きて完璧ではなくなる。それなのに最初から最善を尽くさなければ成功できるわけがない」

石田三成の真剣な訴えに場内は静まった。


少し緊迫してきた空気を和らげるために声を挙げたのは小西行長であった。今まで共に豊臣政権を支えてくれた人物が、真意を聞くために質問をした。

「家康の横暴は皆が不満を抱いていたが、その力を恐れて誰も声をあげられずにいた。どうして三成殿は自ら危ない橋を渡ろうとしてくれたのだ?」

「もちろん賄賂にまみれた腐敗した国家にしてはいけない思いはありますが・・・」

そこまで言うと、三成は少し照れくさそうにしながら言葉を続けた。


「判断に迷った時は、後で振り返ったときに、失敗しても笑える出来事かで選ぶのはどうでしょうか。大変なことばかりだったけど今となっては笑い話だと。後になって誰にも言えないというような判断はしない方がいいと思うのです」

その言葉に諸将から小さな歓声が漏れた。


皆の気持ちが石田三成に傾いていることに分が悪いと感じた小早川秀秋は、三成を黙らせる切り札を出した。

「我々は毛利輝元もうりてるもと様の元に集まったはず。そしてこの部隊の総大将は宇喜多秀家うきたひでいえ殿です。石田三成殿に従う必要はないのでは」

傾きかけた空気はまた戻された。そう言われてしまうとこれ以上口出しは出来ない。

三成は目を閉じて考える。

「この状況で、それでも勝つには、どうすればいいか・・・」


そこからは全員がそれぞれ好き勝手に喋って、それがいつしか自慢話に変わっていく。

宇喜多秀家もそんな者たちに乗せられて、伏見城の一斉攻撃を指示することになった。



西軍の圧倒的な兵力によって伏見城は陥落した。

しかし鳥居元忠の鬼気迫る抵抗で、1日で落とすどころか10日以上も費やすことになってしまった。

火が放たれ炎上していく伏見城の中で最後まで脱出しなかった鳥居元忠。

武将としての教示を見せつけられたようだ。


三成が立ち上がらなければ権力を握った徳川家康によって、秀吉の跡継ぎとなった豊臣秀頼は自害に追い込まれるだろう。

立ち上がるしかなかったが、敵であっても名将を失うことに心が痛んだ。

石田三成は勝利の喜びで湧き上がっている諸将を見て、この者達が鳥居元忠の半分でもいいから気概を持ってもらえたらと願わずにはいられなかった。

「船頭多くして船 山に上るか」

胸中に湧いた一抹の不安を吐き出すかのように三成は呟いた。

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