渡辺新之丞

渡辺新之丞わたなべしんのじょうは武勇の誉れ高い武将であった。

身分が低いということで冷遇の人生を歩んできたが、能力の高さは諸大名の耳にも入るほどである。

しかし本人は組織というものや人間関係のしがらみに少し嫌気がさしていた。

そんな中、豊臣秀吉、柴田勝家という名将が雇いたいと申してくれた。

2万石という破格の待遇を提示してくれたが、これからは自分が生きていける分だけあれば十分であり魅力的に思えなかった。

「10万石頂けるのでしたらお仕え致します」

こうした無理を言うことによって、名将たちに恥をかかせることなく誘いを断り続けていた。



豊臣秀吉の元で働いた三成は500石の領地を頂けるようになった。

その俸禄をどうするか。

まずは優秀な仲間が欲しい。信頼できない100人の部下よりも、1人の頼れる仲間がいてくれることがいかに大事か三成は分かっていたからだ。

そう思った時に、かつて秀吉からお話を聞いた渡辺新之丞という優れた人物のことを思い浮かべた。

2万石でも断られたのだから、500石ごときの自分では相手にもされないが、優れた人物に会うことは自分への財産にもなる。

思ったことはすぐに行動に移すべきだと、隠居状態にあった渡辺新之丞に会いに行くことにした。


突然の来訪者に新之丞はまたかと思った。

聞けば豊臣秀吉に仕えているという。

今度は使者が条件交渉の話し合いをするのだろうか。それとも本当に10万石を提示してくるとでもいうのか。いやいや大名でもない私に10万石はあり得ない話だ。


新之丞を訪ねてきた者はまだ若かった。

その若者は力一杯の声を発した。

「500石で私に仕えてくれないだろうか」

2万石でも断ったのに500石とはどういうことか。冗談を言う為に訪れたとも思えないが。

「私はかつて秀吉様から2万石を提示されたことはご存知だろうか」

「はい。存じております。そして10万石ならお仕えすると言われたことも聞いております」

「ではどうして500石なのだ?」

「私の俸禄が500石だからです」

全く言いよどむこともなく三成は即答する。


自分の全部の俸禄をあげるから仕えて欲しいというわけか。

「500石全部を渡してしまったら、おぬしはどうするつもりだ? これから一文無しになってしまうぞ」

それまで丁寧に対応していた三成であったが、新之丞の質問に人懐っこい笑顔を見せて答えた。

「そこが困ったところなのです。いくら考えてみたところで名案が全く出てきませんでした。だからよろしければ新之丞殿の屋敷に居候させて頂けないかと」

家臣の家に主君が居候なんて聞いたことがない。新之丞は高笑いをした。

三成は笑顔のまま新之丞の顔を見つめている。

なんと気持ちのよい男であろうかと思えた。


「して、俸禄を全て与えてまで、どうして私を家臣にしたいのだ?」

「世の中に必要だからです。万民が平和に暮らせる世の中にしたいのです。その為には優れた仲間の力が必要なのです」

志しも立派な若者である。この者の手助けをすることが残りの人生の使い方のように思えた。


それでも秀吉様からの誘いを断った私が、今更仕えるわけにはいかない。

これからの日本を変えるかもしれない男に出会えたことに感謝はするが、ここはお引き取りを願うしかない。

そんな新之丞の想いを察したわけではないが、三成は言葉を続ける。

「新之丞殿は10万石なら仕えると言われました。私は新之丞殿の協力を得られれば100万石の大名になります。私が100万石の大名になった時に10万石を差し上げましょう」

夢ばかりを語る若者の絵空事ではない。

世間を知らない者の大言壮語でもない。

そもそも500石とはいえ、こんな若者が与えられているということが実力を示しているのだ。


新之丞は三成に向き合い、姿勢を正した。

「500石ありがたく頂戴致します」

自分の子供であってもおかしくない若者に渡辺新之丞は深々と頭を下げて、家臣になることを約束した。

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