三成暗殺計画

1599年。

冬の夜空に散りばめられた星の光は、夜中に移動する集団を映しだしていた。

加藤清正や福島正則など武将7人が集まって、石田三成を暗殺しようと彼の邸宅に向かっていく姿を。


しかしその情報は、彼等が到着するよりも先に石田三成に知らさられていた。

邸宅に突入した清正たちを迎えたのは、主がいなくなった静寂であった。

「くそ、逃げられたか。だがまだ遠くには行ってないはずだ。城に入られる前に見つけ出せ」

清正は室内をざっと見渡して、先程まで人がいた気配を察知すると仲間の武将達に指示を出した。


邸宅を出て少し進んだところで、川の反対側に三成と思われる集団を発見する。

向こうもこちらに気付いたようだが、川を挟んでいるため慌てて逃げるような素振りはなかった。



暗殺の情報を知らされた三成は、戦うか逃げるかの選択を迫られた。

島左近もいるから迎え撃つことも不可能ではないが、こんなつまらない戦いで家臣たちの命を賭けるのはばかばかし過ぎる。

迷わず逃げることを選んだ。


その道中で川の対岸に不審な集団を見つけたのである。

三成は逃げる足を止め、川岸に立つと襲撃犯に向かって叫んだ。

「石田三成の邸宅に押し入る卑怯者は誰だ?」

三成の突然の問いかけに、清正たちは返事が出来なかった。

戦場で堂々と戦うわけではない暗殺行為は、やはり後ろめたいものがあったからだ。

返答のない相手に向かって、三成は再度大声を出す。


「名も名乗れないような、恥ずかしい生き方をするな」


ぐうの音も出ないとは、正にこのことを言うのだろう。

その悔しさや恥ずかしさをかき消すように、暗殺者一行は目標に追いつこうと走りだした。



三成の逃亡先は徳川家康の居城であった。

窮鳥きゅうちょう ふところれば猟師も殺さず』ということわざ通りに。


今回の清正の行動は少し行き過ぎたものとなったが、家康が背後に控えていることは間違いない。

こういったことは首謀者と直接話しをつけた方が早い。

家康自身は私を殺さないであろう。私が死ねば豊臣政権を今度は加藤清正が狙ってくる。そうなると家康は清正と敵対してしまう。

駒は都合よく操れなくては意味がない。


加藤清正たちに狙われたことをわざとらしく心配した家康は、表向きは丁重に三成を迎えてくれた。

そして三成にとっては少し意外な提案をしてきた。

「一度しか聞かぬぞ。・・・私に仕えないか?」

想像していなかった言葉にすぐに返答が出来なかった。

家康は説得を続ける。

「政治能力はもちろんだが、お主の信念はとても貴重なものだ。秀吉も亡くなった。今度はその能力を徳川の下で活かさないか? 今と同じだけの俸禄は約束する。望むのであればそれ以上でもかまわん。どうだ?」

豊臣に生涯を捧げると思っていただけに考えたこともなかった。家康に殺されることはあっても、登用されることがあったとは。

さすがは五大老にまでなるほどの懐の深さであるといったところか。


「・・・もし家康殿が、俸禄は満足に与えられないが仕えて欲しいと言われたら私は受けたかもしれません。物や役職で人の心を動かすことを最初に考える御仁には、私は役にたたないでしょう」

三成の答えに家康は大きくため息を付いた。

「そうか。そうだったな。どうも私はこの時代を長く生き過ぎてしまったようだ。今のは忘れてくれ」

そう言うと家康の表情が変わった。柔和な爺様から、立場をはっきりさせる為の権力者としての顔になる。


そして先程とはまったく別の提案をした。

今度は従うしかない圧力をかけて。

「このままの地位にいては、奴らの怒りが収まらないであろう。いつ殺されるか不安な日々を過ごすより、奉行職を後進に譲られてはどうだろうか。まだ若いのに今まで大変な苦労をかけさせてしまった。ここは隠居して居城にてしばらくのんびりされるのが良いと思う。そうすれば、この家康が清正たちにそのことを伝えようではないか」

三成のことを思ったような口ぶりであるが、三成を表舞台から追い出そうとする本心がありありと分かる。


ここで逆らって命を失うより、自分が生きていることの方が家康のやり方に一定の歯止めとなるように思われた。

あまり露骨なことをして反発を招くと、三成は同士を集めて立ち上がってくると思わせることが。

あまり本意ではないが、今の状況を踏まえると一端退くことも必要かもしれない。



こうして石田三成暗殺計画は、彼が権力を失うことで収束した。

世間から見たら石田三成は失った物が大きいと捉えられたかもしれない。

しかし三成は失脚したことは別に問題ではなかった。

ただ衆愚政治の世に突き進みそうなことが少し悔しく思えた。

犠牲者はいつだって弱い民たちだからだ。

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