初芽局
三成の側に仕えて情報をつかむことを言い渡されてきた。命令があれば三成を殺すこともする。
初めて見た瞬間に三成は初芽局が間者であることは分かった。しかしそんなことは一切触れずに黙って騙されてあげることにしていた。
誰に命令されてきたのかさえ分かれば逆に利用することも出来るという企みもあるが、頑張って任務をこなそうとしている者を無下にはしたくなかった。
ただし核心的な情報を与えるわけにはいかない。
でも何も与えないと彼女の仕事にならないだろうから、適度な情報をわざと盗み取らせてあげないといけないだろう。
さてどこまでの情報を与えようか。私の好きな食べ物とかだったらいくらでも教えてあげるのだが。
そんな冗談を彼女の為に考えるも面白いと思ってみた。
側室になることを目指して三成のもとに潜り込んだ初芽局は周りの女中から少し浮いていた。
当然である。命令があれば暗殺をするかもしれない自分である。脳天気な女どもと仲良く過ごせるわけがない。
陰口をたたかれていることも分かっていたが、そんなことは気にしないようにしていた。
それでもそんな生活が長く続くと居心地の悪さに少し精神的な疲れを感じていた。
潜入先とはいえ、そこにいる者と仲良くできないのは自分の性格に問題があるのではないかと悩むこともあった。
ある時、三成と話していると口から押さえていた気持ちが出てしまった。
「どうして私は嫌われてしまうのだろう」
三成は初芽局の瞳をじっと見つめてきた。穏やかな表情であるが全てを見透かすかのような視線である。
しまった。
こんな弱音なんて吐くつもりはなかったのにと心の中で慌てて後悔してみたが、三成にはそれが強がりであることがばれてしまっているであろう。
ただただ恥ずかしく思うしかなかった。
「嫌われるのはいやか?」
「いや。まあ、こういう性格だから仕方がないとは思うが、少し怖さを感じてしまう」
「そうか」
三成は短く返答した。
そして先ほどまで見つめていた視線を上空に向けると、空に向かって宣言するような感じで言葉を発した。
「大丈夫だ。私はもっとたくさんの人に嫌われている」
何気ない一言であったが、初芽局はこの言葉で胸につかえていたものがすとんと落ちたのが分かった。
悩むから面白がって回りは攻撃してくる。
最初から全てを受け入れて動じなければいいのだ。
そんな悩むことよりも、もっとやらなければならないことがある。それがある人間というのは強いなと、三成の横顔を見ながら理解した。
では自分がやることは何であろうか。
この日本の未来を考えている男を殺すことだろうか。
本当にそれが私のやることなのであろうか。
立ったまま考え込む初芽局に対して三成は質問をした。
「私のことが好きか?」
「え、ああ」
側室として仕えているわけだから、当然そう答えるしかないと自分に言い聞かせる。
「人間って、みんなに好かれたいと思い過ぎなのではないだろうか。私だけに好かれたら、それで良くないか?」
初芽局は直感的にこの男を殺せないと悟った。
それは襲いかかっても負けてしまうからではない。
殺したくないと思ってしまったからだ。
間者を辞めて、本当に側室としてこのまま三成の側で過ごすことができればと思う。でもそうすれば家康の息のかかった別の間者に殺されるだろう。
そんな悩みを言えるわけがないのに三成は突然言ってきた。
「初芽局はずっと今のまま俺の側にいてくれ。一番の大勝負のときが必ず来るから」
具体的なことには何も触れなかったが、間者のままでいていいこと。
そして後にくる大一番を見据えていて、その時に私は家康を欺くための偽情報を伝える役目を背負っていることを感じとれた。
三成はそれごときで家康を騙せるとは思っていない。
でもその役目を持ってもらうことが彼女には大切なことだと思った。
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