首都大阪

田仲ひだまり

プロローグ

陣幕を潜り抜けて走り込んできた伝令は、呼吸を整えぬまま言葉を発した。

「小早川秀秋が裏切りました」

疲労で崩れ落ちそうながらもなんとか片膝をついた姿勢を崩さない伝令の前には、この戦いの実質的な指揮官の石田三成がいた。

「そうか」

三成は短くつぶやいた。驚く様子はない。予想はしていた。小早川秀秋とはそういう男だ。


こんな奴でも頭数に入れないと戦いにならない現実が少し悲しかった。本来は心を許した仲間たちだけで戦いたい。

大谷吉継、島左近、直江兼続、真田幸村、立花宗茂。

しかしそんな気持ちのいい男たちはそうそういない。

戦う為には、ただ流されて生きているだけの志しが低い者も味方に引き入れていくしかない。


視界に入るところに一緒に戦ってきた友と呼べるものはいなかった。

友たちはそれぞれ部隊を率いて各地で敵軍に相対しているからだ。もちろん優秀な部下は周りにいてくれる。

しかし、その者達に本音を漏らすわけにはいかなかった。

「大谷吉継なら大丈夫だ。彼は裏切りを予想していた。対抗する策も持っている」

小早川秀秋を失ってもまだ勝算はある。大谷吉継の戦の上手さは彼を遙かにしのぐ。


「島左近殿が東軍の黒田長政を追い詰めております」

嬉しい報告である。猛将の突撃を止められるものはおるまい。


「立花宗茂殿はまだ到着しないのか?」

最強と呼び声が高い彼の武勇と人徳があれば、これ以上の造反を押さえられる。

「大津城を攻略しこちらに向かっているとの報があります」

裏切りの京極家をこうも早く攻め落とすとは、さすが宗茂殿だ。彼が到着するまで持ちこたえれば勝てる。


小早川の裏切りが出ても咄嗟に勝つための戦略を三成は頭の中に組み立てた。そんな中で続けざまに伝令が来る。

「脇坂安治。朽木元綱らも小早川に呼応して裏切りました」

勝つための準備は整えた。兵士の数も地形の有利さもこちらが圧倒している。将棋であれば私が勝つであろう。


やるべきことをやって、それで敗れたのなら悔いはない。後悔とは全力を出さなかった者がすることだ。

「まだだ。毛利殿、島津殿が動いてくれれば、敵は総崩れになる。早く伝令を飛ばせ。日本の未来を左右する戦いになるぞ」

三成の周りで慌ただしく人が動いた。



石田三成は不正を嫌い、真っ直ぐな心で人々を魅了していった。

そして自分がのし上がろうとする野心も持たない。あるのは万民が平和に暮らしていくためにはどうすればいいかを考える大きな野望であった。


「この戦いに勝利したら秀頼様に反旗を翻す者もいなくなろう。そうしたら私も隠居してゆっくり過ごしたいものだ。大将なんて私には似合わない」

誰に言うわけでもなく呟くと、裏切りによって崩れかけた陣形を再構築すべく作戦を考えた。

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