第24話 流血
ざわつく食堂スペース。患者たちが何事かと、集まりつつあった。倒れている島本はうつぶせになったまま、動かない。額のあたりから、たくさんの血が流れ、床に溜まっていく。
「おい!何やってる!看護婦!ナース!」
安藤が詰め所に向かって叫んだ。
詰め所の中から看護婦たちが様子を見ているが、出てこようとはしていない。やっと、男性の看護師が飛び出してきた。
「何だ! 何があった?」
倒れて動かない島本を見て、驚いた様子。
「見ればわかるだろ! あいつだ、やりやがった!」
廃人が、床に寝転がりながら、北朝鮮が、北朝鮮が、と震えている。もはやこいつもだめだな、と思った。
すぐに白衣を着た三人の屈強な「部隊」が現れて、廃人の両腕を抱えた。暴れる廃人に、なすすべはなかった。何事か叫んでいたが、引っ張られた。身体を拘束される拘束室か、保護室か、どちらかだろう。
「そっちはどうでもいいだろ!こっちを保護しろよ!おい!」
再び安藤が叫ぶ。
「椅子を投げられたのか?」
「投げられただけじゃない。パイプ椅子で、何度も殴られてる。どちらも、頭だ。かなり打ってる」
安藤は僕をちらりと見る。僕も頷く。
「まずいな、これは」
看護師が医師を呼びに行ったようだ。
僕は本当に島本氏が死ぬのではないかという気さえし始めた。それほどまでに流れている血が、多いのだった。
「大丈夫か、島本さん」
島本さんは目を開き、僕を見ると、片目を瞑ってみせた。
――いい、ジュースだ
やがて男の医師が駆けつけてきた。
「担架だな、止血急いだほうがいい」
その言葉で、すぐに担架が準備された。
「開けて、そこ!」
医師がそう言うと、
開かれるはずのない扉が、
開かれた。
先ほどの三人の屈強な「部隊」が現れて、扉の前に立ち、警備にあたった。まさに奴らは警備員であった。僕たちをその扉に近づけようとはしなかった。
その扉を、担架に運ばれた島本が、運ばれ、
遂に、出た。
運び出された。
外に、出られたのだ!
「赤井さん……やりましたね」
安藤さんが僕に近づき、こそっと呟いた。
「ええ、まずは」
「やりすぎかってくらい、よくやりましたよ。相当ざっくり」
僕はジーンズのポケットからそれを取り出して見せた。
「こいつをばらばらにすれば、きっと何か鋭い『部品』があると思っていました」
それは僕が持ち込んでいた、音楽プレイヤー、の部品のひとつだった。
この病棟には、刃物になりそうなものなど、ほとんどない。何か、ないか、何か……。食器はプラスチックで割れない。ライター?切れない。シャープペンシルなど持ち込めない。コップやマグカップもプラスチックでしかない。
そこで思いついたのが、手にしていたMP3プレイヤだった。ためらいは……少しはあったけれど、壊して、中の部品を探した。チップのような部品が中にはあった。
金色の金属を折り曲げると、カッターの刃のような鋭い刃物のようになった。
「赤井さん、さらに我々がプロレス好きというのもアイディアに繋がりましたね。プロレスでは仕込んだ刃物……、カッターの刃のようなもので流血させることはよくあることです。いわゆる……」
「ふふ……、安藤さん、いいジュースだったでしょう?」
それはプロレス界の隠語。技での流血を装う――装うとは言い条、本当に、本当以上に切って流血させることには間違いないのだった――。
「本当に死ぬんじゃないかな」
と安藤さんはにやりと笑った。
「まあ、なら、刃先も
「ええ……」
僕と安藤さんは暗い、あまりにも暗い病棟の扉から見える、運ばれていく島本の姿を見えなくなるまで見ていた。
続
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